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 悲鳴を上げなかった俺を褒めてほしい。のうのうと暮らしていたあの頃も、夜の街に繰り出し始めた頃も、一度だって目にしたことがない狂気がそこにあった。
 不味そうに塊を喰らっていた男がふと顔を上げる。何かを探るように周囲を見回して――やがて、俺と視線が合った。いや、それはおかしい。視線が合ったように感じられただけであり、実際に視線が合うことはない。しかし、この不安と恐怖はなんであろうか。見えていないはずなのに、確かに男がこちらを……俺を見ている気がしてならない。
 男が笑った。

「へえ……いつからいやがった、テメェ」

 息が止まる。慌てて後ろを向くと、ガチャ、という金属音と共に頭に何かが当たった。

「テメェだよ、ガキ」

 頭に突きつけられているそれが何かを理解し、――この男には俺が見えていることに驚愕する。

「ッチ、面倒なことになったな。おい、黙ってねえでなんとか言いやがれ。死にてえのか」

 ごりごりと頭に押し付けられる金属。俺は何とか言葉を紡ごうとしたが、恐怖で意味のない言葉の羅列にしかならなかった。ガチガチと歯が震える。
 何故だ。何故男には俺が見えている? 俺は殺されるのか? 殺されて、死ねるのか? 死ななかったら――俺は、どうなる。

「ああ?」

 男に髪を引っ張られ、強制的に男の方を向かされた。頭皮がずきずきと悲鳴を上げる。そこで再び男と視線が合い、深い闇のような瞳に吸い込まれそうになった。銀の髪はきらきらと光り、やはり美しかった。背の高さや雰囲気や眉間の皺、目つきの鋭さが男を恐ろしく見せているが、彫りの深い顔で、非常に格好良い男だった。精悍という言葉は、この男のためにあると言ってもおかしくないかもしれない。

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