5

 再び一年会計が口を開いた時だった。

「はーい、ストップ」
「ここにいやがったか…」
「ぎゃっ!?」

 後ろから、ぎゅ、と抱き締められて俺は情けない悲鳴を上げた。近くで舌打ちが聞こえる。あ、あれ? 今…副会長恐ろしい顔してなかったか?
 副会長のことは見なかったことにして、俺は後ろを振り向く。転入生の綺麗な顔が直ぐ近くにあり、駄犬が肩で息をしている。額には汗が滲んでいて、先程の言葉からも、俺を探していたんだと分かる。…まあ、転入生は全然疲れている様子じゃないけど。
 …ていうか。

「き、木下。手、手!」
「んー?」
「いや、んー? じゃなくて!」

 さわさわと俺の腰辺りを厭らしい手つきで触ってくる転入生に体中に鳥肌が立つ。必死に暴れても、腕は引き剥がせないし、転入生は明るい声で笑っている。

「いい加減に放せよ。キメェ」
「あー! 何すんだよ、弘太!」

 駄犬のイラついた声と共に俺は解放された。――と思ったら、俺の体はそのまま駄犬の腕の中に収められる。俺は目を丸くして駄犬を見上げた。ていうか正直この体制首が痛い。

「いやいやいやいや」
「あ? なんか文句あるのかよ」

 寧ろ文句しかないんですが。いや、そんなこと勿論いえないんだけど。俺は顔を思いっきり引き攣らせながら、いえ、と言う。そうすると、駄犬の顔は笑みに変わる。

「その顔、いいな」

 …ああ、そうでした。こいつ、嫌がる顔が好きなんだったな。全く、何でよりにもよって俺なんだ。というか嫌がる顔をしなければいいんだと思って、にこにこしていても、この駄犬と転入生、漸く落ちたかとかなんとか意味分からないこと言い始めるし。俺ホントどうしたらいいんだよ…。何で右隣の席の山田君とかじゃ駄目なんだよ…。

「そこ! 二人の世界作らないの!」
「いや作ってません! 全然作ってません!」
「二回も言うなよ。興奮するだろ」
「興奮!?」

 怖い! 色んな意味で怖い!

「ちょっとそこの不良、孝太くんが嫌がってるじゃないですか」

 ふ、副会長…もっとその毒舌で言ってやってくれ!
 キラキラした目で副会長を見つめると、駄犬を睨んでいた目を俺に向けて、柔らかく微笑む。

「ところで次は僕が抱き締めていいですか?」
 ああ、うん…台無しだよね、色々…。

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