7

 俺は聞かなかったふりをして、レジに商品を置き、金を払う。これから金山のところへ戻らないといけないのかと思うと、憂鬱だ。そこらへんで食べて戻ったらまた殴られそうだし…。
 足取りが重い。金山は、今日ずっと教室にいるつもりだろうか。こんなこと、初めてだ。一体どうしたんだろう。早速出席数がやばいのだろうか。それとも更正……は有り得ないな。ぴしっとしている金山を思い浮かべて思わず噴き出す。俺的には凄く良いけど、気持ち悪いな、なんか。
 周りから見られていることに気付き、顔が熱くなる。一人でニヤニヤしているのを見られてしまった、恥ずかしい。俺は顔を俯かせ、早足で教室へ戻った。

「おせえ」

 ドアを開けるなり、金山は言った。同時に何かが飛んできて、壁に当たって落ちた。俺は教室へ足を踏み入れ、顔を引き攣らせた。床に落ちているのは黒板消しだった。チョークの粉が壁や床に付いて汚れている。
 そこまで遅かっただろうか。普通じゃないか? 確かに、金山の昼飯を買いに行くときは走るから今日より早いけど、でも遅くはないと思う。
 というか、遅かったからって、何故黒板消しを投げ付けられなければならないんだ。これは俺の昼飯なんだから、別に俺が早く戻ってこようと来なかろうと関係ないだろう。

「す…すみません」

 とりあえず謝っておこう。金山は舌打ちをしたが、何も言ってこない。俺は黒板消しを拾い上げ、元の場所へ持っていく。その間ずっと視線を感じ、このちょっとした動作ですら緊張した。
 席へ戻ると、金山が机に何かを投げた。それはがつんと大きな音を立てる。「あ」と声が零れた。俺の弁当箱だ。持つと軽かったから、食べ終わったんだろう。俺はちらりと金山を見る。視線があって、どきりとした。これは決してときめいたとかではなく、驚いて心臓が跳ねたってことだ。目を逸らせずにいると、向こうからふいっと逸らされた。ほっとし、体から力抜ける。今日の金山は本当にどうしたんだ。不審に思いながらお握りの袋をぺりぺりと剥いでいく。上手く剥がせて少し嬉しい。
 それから、金山が振り返ることはなかった。



[ prev / next ]



[back]