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電車の中は、通勤、通学のラッシュのため人が多かった。横にいる金山が大きく舌打ちすると、びくりと震える女性やサラリーマン。そして俺。
「どけよ、ハゲ」
ドアの近くに座っている中年のサラリーマンに向けて、金山がとんでもないことを言い出した。しーんとしていたため、金山の低い声は車両に響く。俺は思わず叫びそうになった。隣で硬直している俺を見る人もいる。友達だろ。お前やめさせろよという視線と憐れみの視線。俺は被害者だ! と言いたい。しかしそんなことを言ってしまえば俺の明日はない。
中年のサラリーマンが金山に逆らえるはずもなく、ぶるぶる震えながら席を立つと、人の間を通って遠くへ行ってしまった。
「おい、眼鏡。持て」
「は、はい…」
勿論、俺に席はない。というか、譲られたとしても座りたくない。俺は押し付けられた鞄を両手で抱える。持つのは全然苦痛じゃない。金山の鞄はほぼ何も入っていないようなものだからだ。
「はー」
眉間にぐっと皺を寄せ、深い溜息を吐く金山。俺は金山がまた何かしでかさないかハラハラしながら俯いた。もう寝ててくれ、頼むから。
電車に乗っている時間は二十分くらいだったが、数時間乗っていたような疲労感があった。というか長かった。いつもは音楽を聴いたり本を読んだりする時間が、金山を監視するような時間になってしまった。
帰りたい。このまま乗り換えて家に戻りたい。しかしそれを許さないのがこの男。
「おい、ちんたら歩いてんじゃねえよ。殴られてえのか?」
「す、すみません!」
俺は慌てて金山に近寄る。苛立たしそうに舌打ちをして、何も言わず前を向くと歩き出す。俺はその後ろを恐る恐る付いて行った。ここからまた苦痛の時間が始まる。というか、今日は一日中苦痛の時間しかない。金山が途中からいなくならない限り…。俺はがっくりと肩を落とし、金山に聞こえないように溜息を吐いた。
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