24

 代田の口がゆるゆると動く。俺は見逃さぬよう、それをじっと見つめた。

『じゃあな』

 おそらく、そう言ったのだろう。代田は言い終わると、顔を緩めた。
 ふ、と目の前のものが消える。力が抜けて、その場に座り込んだ。頭がぼおっとして何も考えられない。

「……じゃあ、僕は帰るからね」

 何故だろう。そう言うシュウの声は、今までで一番優しく響いた。俺は顔を上げて、シュウを見た。しかし、シュウはこっちに背を向けていて、表情を知ることはできない。
 どういう顔で代田を成仏させたのか。気になったが、立ち上がる気にはならなかった。仕方なくシュウの背中を見送る。シュウがいなくなった途端、静寂が訪れた。

「代田」

 俺の呼びかけに答える奴はいない。一人なんて慣れているはずなのに、寂しくて仕方がなかった。心の中が空っぽになったようだ。
 そういえば、代田が死んだときもこんな感じだったなと俺は笑う。鏡の前だったならば、引き攣った顔が映っていたことだろう。俺は手の中のもの――携帯を見る。どうして代田は携帯を持っていたんだ? 訝しく思いながら画面を表示させると、メール作成画面が映った。加奈に返信を忘れていたのかとひやりとしたが、内容を見て目を見張る。

『シュウを責めないでやってくれ。俺が頼んだんだ。いつまでたっても遠野のそばから離れなくなりそうだから。今度こそ本当に命を奪ってしまいそうだから』

 俺はバッと玄関の方を見る。当たり前だが、そこには誰一人いない。
 …代田の残したこの言葉が本当ならば、最後のあの一言が優しく感じられたのは気のせいじゃなかったのかもしれない。
 メールを保存しようとして、止める。心の中で分かったよと返して、消去した。ふうと息を吐くと、立ち上がる。ふらりとしたが、しっかり自分の足で立った。


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