22

 やはり開く気にはなれず、俺はそっと目を逸らした。








「ここは…」

 俺は代田に連れて来られた場所を見て、呟く。白い息が宙に消えた。俺たちが授業を受け、昼飯を食べ、笑い合った中学校だ。嫌なことも、楽しいこともたくさんあった。俺は懐かしさに目を細める。

「うわ、懐かしい」

 代田も俺と同じように目を細めて笑う。正門をそっと手で触れながら――本当に触れられているのかは定かではないが、鍵を開けられるということは、触れられているんだろう――、少しだけ寂しそうな顔をした。

「懐かしいなぁ…」

 代田は噛み締めるように呟いた。聞きたくなくて、耳を塞ぎたくなった。

「どうしてここに?」
「うん、最後に来たくて」
「…最後なんて言うなよ」
「……ごめん」


 代田は笑う。苦笑だった。ああ、困らせてる。俺はムカムカとした。自分に対しても、代田に対しても。何故すんなりと受け入れられるんだ。離れたくないと思っているのは俺だけなのか。

「中入ってもいいか?」
「ああ」

 代田の言葉に頷く。そして校舎の中に足を踏み入れた。
 手続きを済ませ、スリッパでぺたぺたと廊下を鳴らしながら歩く。代田が行きたい場所は、かつての教室らしい。確かこっちだったよなと記憶を掘り起こしながら階段を上っていく。代田はあちこち見て、ひたすら懐かしいと言っていた。若干鬱陶しさを感じ始めた頃、教室に辿り着いた。ドアを開けて、目を細める。夕日の光が目に飛び込んできた。
 ――これは。
 俺は代田を見る。代田は笑って、無言で教室の中へ入っていった。続いて俺も足を踏み入れる。

「遠野」
「…なんだ?」
「引くかもしれないけど、俺は遠野が好きなんだ」

 あの日の言葉。瞠目して代田を見つめる。夕日を背にし、光を受けて微笑む代田の姿は何だか神聖なもののように見えた。

「俺もだ」

 代田は嬉しそうに目を閉じた。そして俺に近づくと、手を伸ばす。恐る恐るといった風に俺に触れると、顔を近づけてきた。俺は目を閉じて、代田を受け入れる。
 中学の時の、夕日で照らされた教室でしたキスは、恐ろしいほど冷たかった。

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