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 にこにこと笑みを浮かべ、フォークを差し出してくる書記を前に暫し固まる俺。書記から不思議そうに声を掛けられて、我に返った。そして慌てて首を何度も横に振る。

「いやいやいやいや、俺じゃなくて親衛隊の人たちにした方がいいんじゃないですかね!?」
「ええ? 親衛隊は調子に乗っちゃうでしょ」
「じゃあそこの会計とか…」
「えー! 松くんだけは絶対嫌だよ!」
「ちょっとぉ、どういう意味なのぉ、それ!? 僕だってお断りだしぃ!」

 因みに二年会計は松本鈴という。序に言えば副会長は高積涼、一年会計は若葉功、書記は嶺橋祐一郎だ。興味なかったから覚えてなかったんだけど、この前自己紹介されて、覚えないわけにはいられなかったのだ。

「ほらほら、兎に角、あーんってば」
「ええええっ、ちょ、あの…」
「あなたからの物を貰いたくないんじゃないですか」
「そうそう、だって嶺橋のとかぁ、ばっちそうじゃん」
「ばっちくないし! うー…食べないの…?」

 子犬のようにしゅんとして俺を見つめる。……うっ、い、今、あるはずのない耳と尻尾が垂れて見えたぞ…。し、仕方ないか…、相談に乗るって言ったのは俺だし…。
 俺は、目をぎゅ、と瞑って覚悟を決めた。

「…あ、あーん」

 ぱく、とフォークを口に入れ、素早くケーキをフォークから抜き取ると、頭を少し後ろに引いてフォークを口から出す。ケーキを噛みながら、目を開けると、呆然とした書記と、何故か会計たちと、いつの間に戻ってきたのかティーポットを持ったまま立っている副会長が凝視していた。な、何でそんなに穴が開くほど見ているんだこの人たち…!?
 急に羞恥が込み上げてきて、口をあわあわさせて、声にならない悲鳴を上げる。そして顔に熱が集まった。

「ちょっと、今の見た!? ほら、食べたよ! 俺の!」

 我に返ったらしい書記が鼻息荒く歓喜の声を上げている。これで自信がついたのだろうか? うーん…謎だ。……っていうか、鼻息がホントに荒いんだけど大丈夫なの?

「うっわ、キモぉ…」

 二年会計のドン引きした声と表情に、俺と書記以外が頷いた。

「えっと、これで、いいんですよね」
「うんうん、有り難うねー! 勇気でたよ!」
「そうですか、それはよかったですね、地獄に落ちろ」
「うん、ありが…地獄に落ちろ!? 酷くね!?」

 ぼそ、と呟いた副会長の言葉を、書記は聞き逃さなかった。

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