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「じゃあ、こむらん」

 伊藤くんは僕を見て目を細める。「俺と付き合ってよ」

「え?」

 素っ頓狂な声が出た。伊藤くんは真剣な顔をしている。どこに付き合えばいいのかと訊ねる雰囲気ではない。僕は言われた言葉を頭の中で繰り返す。

「俺、こむらんのこと好きなんだよ」

 熱を帯びた声に、どきりとした。
 時々、そういう人がいることは知っていた。でもまさか、それが伊藤くんで、相手が僕だなんて、どうしたって想像できない。

「何でって顔してるねえ」
「そりゃあ、するよ」

 僕は伊藤くんみたいに派手じゃない。というか地味な部類だ。伊藤くんは僕の顔を数秒眺めて、ふ、と笑った。

「あの時から気になる存在だったよ。何で俺を庇ったのかってずっと考えて、こむらんと学校離れて、気持ちに気付いた、かなぁ」

 驚いた。そんなに前から、僕のこと好きだったんだ。伊藤くんが、僕のことを。顔が熱くなって、僕は俯いた。

「さっき、こむらんがここにいるの知らなかったって言ったけど、いればいいなって思ったっつーか。前ちらっと見た時に似てるなって思ったから、絵描いたんだわ」

 少し照れくさそうに話す伊藤くんにそうだったのか、と相槌を打って、すぐに不思議に思う。似てるなと思ったから絵を描いた? どういうことだろう。

「あの兎の絵? …ごめん、何で兎?」

 伊藤くんは深い溜息を吐く。そして言った。「やっぱり分かってなかったんだな」

「初めて会話した時、――俺が、兎を描いてた時、お前が言ったんだよ。可愛いねって」
「え?」
「ああいう絵だったから、男がそんな絵描いてんじゃねーよって、馬鹿にされてたんだけど。こむらんだけは、ほめてくれたから」

 忘れていた記憶が、頭に流れて来る。そうか、そうだ。僕が伊藤くんを嫌っていたのは、視線だ。あの視線が、どうも苦手だったんだ。伊藤くんが言うあの時っていうのが、絵のことを話した時であるなら、納得できる。同性から向けられる、恋愛的な意味での好意に気付いて気味悪がったんだろう。

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