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「なあんで、皆気づかなかったんだろうねえ。……いや。気付かないふりをしてただけ、かな」

 口角は上がっていたけど、目は笑っていない。声もどこか冷めているように感じる。僕はあの時の光景を頭に浮かべ、苦笑した。気付いていたようにも、気付いていなかったようにも思える。結構前のことだから、鮮明には思い出せない。どちらにせよ僕が周りから虐められていたという事実は変えようのないことだから、今更どうでもいいけれど。

「こむらん」
「ん?」
「また、言わないつもり?」

 言わないつもり、とは。僕は首を傾げる。伊藤くんの目が僕を捉えた。それは睨んでいるように見えるけど、何か別の感情が含まれているようにも思えた。ふうと息を吐いたのは、溜息だったのか、それとも。

「あの時も、今も、俺のせいじゃん? こむらんが孤立してるのってさ」

 ゆったりと告げられた言葉に目を瞬かせる。気にしていたのか。僕は何とも言えない感情を胸に抱き、意味もなく視線を動かした。そして、ん? と眉を顰める。

「それがどうしたの?」
「……今ならまだ、俺に付き纏われてるって言ったら、今まで通りの生活ができる。だから言わねーでいいのかって話だよ」

 ――ああ、そういうこと。
 僕はすぐさま首を横に振る。意外そうに目を丸くする伊藤くんに笑いかけた。

「なんで…」
「だって、伊藤くんがいるでしょ?」
「ば、」

 伊藤くんは顔を歪めた。「ばっかじゃねーの!」

「俺なんかといたって、何も良いことねーよ」
「そんなことないよ。それに、今更友達に戻ったって、今まで通り過ごすことはできないよ」

 一度離れて行ってしまった彼らと僕の間には壁ができてしまった。気まずい思いをするより、こうして伊藤くんと話している方が楽しい。と、僕は思うんだけど。

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