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「こむらんどこだっけ?」

 何を訊ねられているのか分からなくて眉を下げると、伊藤くんはぶっきらぼうに言った。「クラスだよ、クラス」

「Bだけど…」
「あー、そうだったね。よし、じゃーこむらんの教室へレッツゴー」
「ええ、僕のクラス?」

 僕は目を丸くする。確かにクラスメイトたちは皆音楽室にいるから教室には誰もいないけど。

「何、何か文句でもあるの?」
「えっ、あ、いや」

 僕は首を振る。気を良くしたのか、にっこり笑うと、僕の手をぐいぐい引っ張った。何だかその姿が子供っぽくて、僕は思わず笑みを浮かべた。






 教室は無人だった。まあ、当たり前なんだけど。息を吸うのも憚れるくらい静かな空間に、足を踏み入れた。するりと手が離れていく。掴まれていなかった方の手で手首に触れる。少しだけ残った温もりを感じて、僕は何とも言えない気持ちになった。

「こむらんの席どこ?」

 は、として伊藤くんを見る。そして自分の席を指差した。僕の指を辿ると、伊藤くんはそっちに歩き出す。僕はじっとそれを見つめる。

「一番後ろじゃん」

 伊藤くんはガタッと音を立てて椅子を引き、座る。ぐるりと周りを見回して、隣を指差した。

「こむらんも座りなよ」
「あ、うん」

 僕は言われた通り、隣に座る。にこにこと機嫌良さそうに笑いながら、こっちを向いた。

「こむらんが俺の絵に気づいてくれて嬉しかったよ」

 伊藤くんのその言葉で、疑問が頭に浮かぶ。

「僕がこの学校だってこと、知ってたの?」

 伊藤くんは首を振った。「知らなかったよ」

「そうなんだ」

 じゃあ偶然だったんだ。僕と伊藤くんは偶々同じ学校で、偶々音楽室で同じ席に座って、偶々遭遇して。良く考えると凄い。

「そういえば、嘘っていうのは…」

 好きですと書いたのを、塗りつぶしたのは何だったんだろう。伊藤くんは、意地悪そうな顔をして、僕を見た。

「『僕が殺しました。兎なんて、嫌いだからです』ってね」

 僕は目を見開く。それは、兎が死んだときに、言った言葉だ。殺した理由を訊ねられて、仕方なく言った言葉。覚えていたのか。

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