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 それでも僕が荒れずに済んだのは、両親の存在が大きい。二人とも、僕がそんなことをするはずないと言ってくれたから。
 伊藤くんは、黙る僕を目を細めて眺めている。

「同情、だったのかもしれない。責められている人を見ていたくなかったんだ」
「ふーん。ま、いいけどね。あの時は助かったよ」

 同情と言って怒るかもしれないと思ったけれど、伊藤くんは興味なさそうに呟いて、にこりと笑った。伊藤くんは、どうしてこんなに変わったんだろう。

「こむらん、どこ行く?」
「え?」
「え? じゃねーよ。どこ行くかっつってんだよ」

 突然話が変わり、僕は頭にハテナを浮かべる。

「僕は保健室に行こうと思って…」
「ハァ? 何、体調わりーの」
「え、いや、……別に、悪くはないかな」

 そういえば僕は追い出されたんだった。体調が悪くないのに保健室に行くというのは、本当に体調が悪い人に申し訳ない。
 どうしようかと悩んでいると、右手に何かが触れた。視線を下げると、伊藤くんの手が僕の手首を掴んでいた。ぎゅっと力を込められ引っ張られる。

「伊藤くん」
「どっか座ろーよ」

 伊藤くんはぐいぐいと僕をどこかへ連れて行こうとする。僕は慌てて歩幅を合わせながら、伊藤くんの背中を見た。この手は一体。…逃げると思っているんだろうか?

「伊藤くん、手…」
「うっさい黙って」

 はい。スパッと言われた言葉に即答した。そういえば伊藤くん、授業は? 音楽の授業が始まってからずっとあそこにいたんだとしたら、まったく出ていないことになる。今からでも出た方がいいんじゃないのかな。僕はそれを口にしようとしたけど、やめた。黙っていろと言われたし、伊藤くんと一緒にいたいなと思ったから。

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