6

 音楽室へ入る。僕は一瞬だけ注目を浴びる。自分の席まで向かった。机の上を見て、息が止まる。手の中の物が落ちそうになって、慌てて抱えなおした。

『好きです』

 僕は、その言葉の下に『僕も好きです』と書いたはずだ。――はずだ、というのは、今、見えない状態にあるからである。好きですの下には、黒く塗りつぶされたもの。その周りに、金魚と鶏が可愛らしく書かれていた。僕ははっと口を塞ぐ。塞がなければ、声が出ていた。

『嘘吐いちゃ駄目だからね』
『僕です。僕が、殺しました』

 金魚。兎。鶏。
 頭の中で、かちりと、音がした。














 兎が、死んだ。寿命だった。しかし前日に餌をやった一人の少年が、自分のせいなのだと勘違いをした。その少年は、ある日のことを思い出す。金魚が死んでしまった日のことだ。少年は言った。

「あいつがやったんだ」

 ”あいつ”が言った。

「僕です。僕が、殺しました」

 ある朝、学校の近くで、鶏が一羽、死んでいた。小屋の鍵をかけ忘れてしまい、鶏が逃げ出したのである。一羽だけで済んだのは、不幸中の幸いだった。その少年は、同じ当番だった少年を指差す。

「彼が、やったんです」

 ”彼”が言った。

「僕です。僕が、殺しました」














「小村くん? 顔色が悪いですよ。保健室に行った方がいいんじゃないかしら」

 僕は、回想から抜け出す。皆がこっちを見ていた。その顔は、どれも行けと言っている。この教師だって、そうだ。僕の噂を知っているんだろう。どこか目が冷たかった。僕は頷いて、立ち上がる。重い空気の中、ドアを開ければ――。

「あれ。出てくんの早くね?」

 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる、伊藤くんがいた。壁に寄り掛かった状態でこっちを見る。

「伊藤、くん」

 僕の声は掠れていた。
 何でここに伊藤くんが。何で、と思っていると、とん、と背中を押された。一歩前に進むと、後ろで音が鳴る。ドアが閉められた音だった。

「ッチ、あのクソババア」

 伊藤くんは腹立たし気に舌打ちをして、僕に笑いかける。

「俺のメッセージ、ちゃあんと受け取ってくれたみたいだね」
「……あれは、伊藤くんが描いたの」
「そうだよ」

 まさか、と僕は思う。記憶の中の人物と、似ても似つかなかった。




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