5

 あれから数日が経った。伊藤くんには会っていない。そして、僕は。孤立していた。理由は分かっている。伊藤くんと一緒にいたからである。伊藤くんと親しい間柄だと認識され、離れて行った。例のクラスメイトは、一層怯えて視線すら合わなくなってしまった。僕が伊藤くんの名前を間違えたことを覚えていないのだろうかと少し呆れた。
 どこで耳にしたのか、それともあの時見られたのか、教師すらも僕らのことを知っていた。何か脅されているんじゃないのか。友達は選んだ方がいい。彼らは、口々にそう言った。僕は疑問に思う。伊藤くんは、確かに善人とは言えないけれど、そこまで言われるほどの人間だろうか?
 ――まあいい。クラスメイトも教師も、大した仲ではなかった。それに、信頼関係なんてものは、いとも簡単に壊れてしまう。僕はそのことを知っていた。だから彼らがどう思おうと、どうだっていいのである。
 僕は音楽室に向かっていた。前から、最近よく目にする人物が歩いてきている。僕たちは、自然と立ち止まった。

「あれえ、こむらんじゃん」
「伊藤くん」

 こむら――こむらん。ああ、こむらんとは僕のことか。
 伊藤くんはへらりと笑って、僕の前までやってくる。僕の持っている教科書を一瞥して、目を細めた。そして大袈裟に肩を竦めて見せた。

「こむらんってば真面目ちゃんだねえ」
「そうかな」
「そうだよー」

 にこにこと笑う。今日は機嫌がいいらしい。
 そろそろ時間がやばい。僕はそれじゃあと口にして、横を通り過ぎる。

「こむらん」
「え?」

 僕は踏み出した足を戻して振り向く。伊藤くんは僕に背を向けたまま、言った。

「嘘吐いちゃ駄目だからね」

 え?
 僕は言葉の意味が分からず、、眉を顰めた。どういうことかと遠ざかる背中に放ったけれど、その声は届かなかった。或いは、ただ単に答える気がなかったのか。

「嘘?」

 ざわりと胸が騒いだ。彼の言葉の意味は、僕の胸の内にある気がした。

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