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 初めて顔を突き合わせたのに、初めてじゃない気がする。教師たちは驚いている田中龍太郎が珍しいのか、唖然としていた。我に返ったように視線が逸らされる。

「おい、早くプリント」
「あ、これ。ちゃんとやってくるんだぞ」
「分かってるっつーの」

 眼鏡をかけた教師からプリントを受け取ると、こっちに近づいてくる。ゆっくりと俺の前までやってきたそいつは、俺を見下ろして一言。

「退け」

 低い声に、条件反射のように体が震えた。

「田中太郎」
「あ?」
「アンタは…田中太郎、か?」

 視界の端で何言ってんだお前という教師の慌てた姿がちらついた。俺が話しかけた相手も、不審げに俺を見る。しかし俺は見逃さなかった。一瞬だけ、ピクリと反応したことを。

「…意味分かんねえこと言ってないで、さっさと退けよ。殴られてえの」
「殴れるものなら」
「……ッチ」

 痺れを切らしたのか、片手で俺を押しのけると職員室から出る。そして一度もこっちを見ないまま、優男に声をかけた。

「行くぞ、元希」
「あ、ちょっと、待ってよりゅーたろ」

 俺はその後姿をぼんやりと見つめる。…ふーん、仲良いんだな、あんたら。むっとした気持ちを抱えて、職員室に入る。そしてさきほど田中龍太郎と話していた眼鏡教師のもとへと歩いていく。田中龍太郎が居た時とは全然空気が違う。張りつめていた糸が切れたような、そんな感じだ。

「あの、すみません」
「ん? 俺? えーと、君は」
「一年四組の原西学です。あの、少し訊きたいことがあるんですが…。先生は、三年生を担当しているんですか?」
「ああ、そうだよ」

 ごくりと唾を飲み込む。それがどうした? と首を傾げている教師に訊ねる。

「三年生に、田中太郎という生徒はいますか?」
「田中…太郎? ええと、龍太郎、じゃなくてかい?」

 …やはり偽名だったか。

「…あの、じゃあ、田中って苗字はどれくらいいますか? その中で最近休みがち…っていうか、あんまり学校に来ていなかったのは?」
「え、ええ…?」

 いつの間にか顔を近づけていたようだ。俺はハッとして距離を取ると、こほんと咳払い。

「田中は何人かいるけど…数学以外は休んでいる奴なら、田中龍太郎しかいないよ」

 他は毎日ちゃんと来ているからね、と苦笑する教師。
 やっぱり、お前なのか…? 田中龍太郎。俺は教師に頭を下げて、職員室を出た。

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