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(side:学)

 俺は久しぶりに咲に会えて、ちゃんと体が戻って凄く嬉しい。田中なんか忘れて、咲に猛アタックしつつ、周りから守る。…そうするハズだった。それなのに、俺の頭の中には奴がずっと居座っている。俺はあいつのことを何も知らない。会ったら殴ってやるつもりだったのに、そんなことより会ったら色々教えてもらいたいと思うようになった。本名は本当に田中太郎なのか? 学校は? 年齢は? 俺は何一つあいつのことを知らない。田中が教えてくれなかったからだ。探す術がない。勿論咲に訊いた。でも、咲は俺に話そうとしなかった。口止めされているようだった。つまり、あれだ。やはり連絡を取っていたということだ。確信した時、苛立ちを感じた。これは多分嫉妬だ。ただどちらに対する嫉妬なのかは分からなかった。
 田中のことが分からないまま、数日が過ぎた。田中が上手くやっていたおかげで、咲は虐められていない。まだ記憶が戻っていないという設定のおかげでもあるだろう。咲は仲が良かった女子に申し訳そうなので、そろそろ限界だと思うが。咲はなんだか前よりはきはき言うようになった。どうしたんだと思ったけど、もしかしたら。田中に何かを言われたのかもしれないし、田中の体の時に咲を変えるような何かがあったのかもしれない。咲が話してくれないので俺は分からないままだ。もどかしい気持ちのまま、俺は咲を見守っていた。俺が守ってやらないと。俺が近くにいてやらないと。そう思っていたのに、咲はなんだか遠い存在になってしまった。あれほど愛おしい存在だった咲が、今はそれほどではないということに気付いてしまった。勿論嫌いになったわけじゃない。だけど、付き合いたいと思うような感情ではなくなってしまったことは事実だった。俺はもしやと思った。――咲に対する気持ちは、端から恋愛感情ではなかったのではないかと。それは今になっては分からないことであるが。

「おい、あれ…」
「ああ、今日も来たんだな…」
「俺この間職員室で見かけたぞ。怖すぎて入れなかった」

 窓側の席に座っている奴らが、こそこそと内緒話をするように声を潜めて話している。少し興味が惹かれて奴らと同じ方向――窓の外を見ると、二人の男がいた。ここは一階だから、誰だかはっきりわかった。一階じゃなくても、多分、あいつは分かっただろうけど。

「田中龍太郎…」

 無意識のうちに名前を呟いていた。相変わらず堅気じゃなさそうな顔をしている。俺、あいつに睨まれたら失神する自信があるぞ。
 そういえば。田中太郎と田中龍太郎って、名前似てる…。いやまさかな。馬鹿な考えが頭に浮かんだが直ぐに消した。名前が似てるからって、同一人物と考えるのはあまりにも浅慮だ。だいたい、田中太郎は偽名である可能性が高いんだ。それに、よく考えてみろ。田中は甘い物や可愛い物が好きなんだ。あんな凶暴な男が、そういった物を好きなんて…。俺は想像して、バッと口を覆った。……い、意外に、くる、かもしれない…。

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