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 特に問題もなく一日が終わった。話しかけられないうちに俺は田中の腕を引っ張って教室を出る。

「おいおい、引っ張んなって…」

 ぶつぶつと文句を言いながらも、腕を振り払おうとはしない。周りの目があるからだろうが…何だか気分が良かった。

「逃げねえよ」
「うるせー」

 田中は諦めたように溜息を吐いて、大人しく俺に引っ張られていた。










 公園の横を通った時、小さな声が聞こえた。特に気にせずそのまま通り過ぎようとしたが、田中が立ち止まったので俺も仕方なく立ち止まる。

「おい…」

 どうしたと訊くが、返事はなかった。公園に入っていく田中の後姿を訝しげに見つめる。一体どうしたんだ? 公園に何かあるのか? 俺は田中の後を追った。そして目を疑う。ブランコの近くに段ボール箱が置いてあった。そこに捨てられたであろう子犬がくぅん、と鳴く。そしてその子犬を大事そうに抱えて笑っている田中の姿。俺に向けられるる嫌味な笑みでもなく、嘘の笑みでもなく……それは心からの笑みだった。どきりと心臓が鳴る。…これは、咲の顔だからだ。それは分かっているが、田中がそういう笑みを浮かべているという事実が俺の心臓を暴れさせた。

「お前、一人なのかよ?」

 そう言って子犬を撫でる顔は優しくて…俺は見ていられずに顔を逸らす。

「おい、原西」
「あ、ああっ?」

 突然話しかけられ声が上擦る。田中を見れば、子犬に向けていた優しい顔は消え、不審な顔でこっちを見ていた。

「先に帰っとけ」
「はあ?」
「俺はこいつを飼ってくれる奴を探してくる」
「はあ!? お前何言ってんだよ! そんなのほっときゃいいだろうが…っ!?」

 俺はびくりと体を震わせる。俺の言葉を聞いて、田中が今までに見たことがないくらい冷めた顔をしていたからだ。

「…そんなの、だぁ?」
「…っ」

 怖い、そう思った。顔は咲なのに…言いようのない恐怖が俺を襲った。咲じゃない。田中だ。俺は確かにこの時、田中を感じた。

「……ッハ、そうか。テメェは咲以外どうでもいいんだもんな?」

 嘲笑うように俺を見て、舌打ちをする。そして俺の横を通り過ぎていく。俺は慌てて腕を掴もうとして…。

「触んじゃねえ」

 俺は何も言うことができなかった。田中もそれ以降何も言わなかった。抱えられた子犬だけが切なそうに鳴いた。

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