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 咲の部屋に戻って、ベッドに寝転がる。ふうと息を吐くと、テーブルの上に置いてあるスマホが震えだす。俺が帰ってきたことが分かったようなタイミングだ。もしかしたら原西かもしれない。のそのそとベッドから降りてスマホを手に取ると、登録されていない数字の羅列が表示されていた。見覚えのあるそれにはっとする。――これは、俺の携帯番号だ。俺は慌てて電話に出た。もしかしたら、いや、もしかしなくとも、この電話の相手は…!

「もしもし!」
『っあ、も、もしもし』

 低い声。自分の声なんて聞いたことないが、…これは、俺の声なんだろう。

『あの、……あ!』

 がたっと音がして咲の声が遠くなる。俺は不審に思いながら呼びかけたが、返事はない。そのかわりに、明るい声が聞こえてきた。

『もしもーし。りゅーたろ、俺だよ俺』
「…元希?」
『そ。ほんとにりゅーたろなんだね。声高くて違和感あるけど』
「話聞いたのか。俺たちが入れ替わったって」
『うん。まあね。大変そうじゃない』
「他人事みてーに言いやがって」
『だって他人事じゃない』

 くすくすと笑う元希。俺も顔を緩めた。こいつの声を聞いただけで、安心する。俺の体に咲が入っているということにも安心した。なよなよした自分を想像するだけで吐き気を催すが、まあ、それはいい。植物人間状態になってたらどうしようと思っていたからな。それに、元希がいるならフォローもしてくれるはず。

「元希、咲を助けてやってくれ」
『言われなくても。学校どうする? 行かせない方がいいよね』
「あー…そうだな。数学以外は良い」

 数学は出席日数がやばかった。苦手だからとサボってばかりなのは失敗だった。元希も俺の数学のできなさと出席日数のやばさは知っているから、分かったよと返事が返ってきた。きっと苦笑していることだろう。

『え? あ、りゅーたろ、ちょっとごめん。……はいはい分かった。今代わるよ』

 そばにいる咲が代われと言ってきたのだろう。俺も咲にそろそろ代わって貰おうと思っていたからちょうどいい。

『…あ、もしもし、あの、咲です』
「龍太郎だ。田中龍太郎。好きなように呼んでくれ」

 わざわざ言わなくてもいいと思うが、一応名乗っておこう。


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