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 あれから数日が過ぎ、退院した。記憶喪失の治療を受けるかという話が出たが、丁重にお断りした。通院するなんて嫌だ。渋っていた咲の両親を説得したのは原西だ。無理に思い出させるのは良くないと、意外にちゃんとしたことを言った。
 ということで。俺は自分の家に行こうと思っていたのだが。

「テメェ、どこ行くんだよ」

 過保護な咲の両親を振り切って外に出ると、奴がいた。

「どけ」
「どけとか咲の体で言ってんじゃねえ」
「うっせえな。使う必要ねえのに使うかよ。キメェ」

 ギロリと睨みつけると、原西は一瞬だけ動揺した。ああ、咲が好きなんだもんな。咲の方が身長が低いから、必然的に上目遣いになる。好きな女がやったら溜まらないだろうな。
 その隙に横を通り過ぎようとしたが、奴は俺の前に立ち塞がる。

「…自分の家に行くだけだ」

 仕方ないのでそう言うと、原西は口角を上げた。

「へえ。じゃあテメェについて行けば、テメェが誰だか分かるってことか」

 げ。言うと思ったよ。

「ついてくんな」
「嫌だね」
「…ッチ」

 仕方ない。日を改めよう。何とかしてこいつの目を盗んで家に行こう。自分の身が不安だ。俺の体に咲が入っているのか、それとも…。万が一のことを考えて、ぞっとする。
 俺は踵を返して家に入ろうとした。しかし、咲の細い腕を原西が掴む。

「放せ」

 体は女でも、中身は俺だ。男だ。野郎に手を掴まれたくなんかねえ。振り払おうとしてもこんな細い腕では無理だ。

「俺ん家に来い」
「ハア?」

 なんで俺がこいつの家になんか行かなきゃなんねえんだよ。俺を見張るつもりか?

「いろいろ話すことがあんだろ。いいからついて来い」
「……分かったよ」

 俺は休日明けから咲として学校に行かなければならない。聞いておいた方がいいこともあるだろう。記憶喪失という設定だから友好関係は特に問題ないが、注意すべき人物などの情報は必要だ。なるべく穏便に過ごしたい。
 俺は大人しく従い、原西の家へと入った。

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