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 原西は俺が何度も太郎と言っていると、諦めたように溜息を吐いた。そして、病室の隅から椅子を持ってくると、そこに座る。

「咲は、…虐められてたみたいなんだ」
「何でだ?」
「…多分、俺のせいだ」
「お前の?」

 原西と仲が良いから、ってところか? 何だか少女漫画とかでよくある展開だな。原西や咲には悪いが、俺は咲のことを全く知らないので、なんとも思わない。まあ、少しかわいそうだなってくらいだ。

「俺のせいで、咲はっ…」

 あ、泣きそうだ。そう思った時。突然ドアが開いた。俺も原西もびくりとしてドアの方を向く。

「咲! 目を覚ましたのね…!」

 目を真ん丸にした後、こっちに近づいてくる。咲の母親か。……さて、どうするか。記憶喪失だと言ってみるか? 流石に、俺は男です。だなんて家族には言えない。ちらりと原西を見ると、原西は強張った顔で、ゆっくりと頷いた。
 ぎゅっと抱き締められ、俺は微妙な気持ちになった。

「あの…おばさん、実は」

 咲は記憶喪失みたいで、と震える声で言った。騙すという行為に対する緊張か、それとも…。

「記憶喪失…?」

 ぬくもりが消えた。体から放した咲の母親が、呆然とした顔で俺を見る。

「本当、なの…咲」

 俺は、小さく頷く。途端に母親が泣きそうな顔になって、ぱっと顔を覆った。鼻をすする音がして、ああ、泣き出したなと思った。

「あの…俺、すみませんでした、本当に」
「…学くんのせいじゃないわ。ごめんなさい、ちょっと、咲と二人にして…」
「……はい」

 原西は俺を見た。余計なことは言うなという顔だ。勿論、不審に思われるようなことはしない。…努力はする。口調とかが怖いな。女みたいな言葉遣いなんてしたことないが、大丈夫だろうか。
 原西が出て行くのを見送って、咲の母親に目を向ける。そういえば、こういうときって、先生とか呼ばなくていいのだろうか? そんなことをぼんやりと思っていると、咲の母親が顔から手を放して、俺を見た。

「体は大丈夫?」

 赤い目にか細い声。俺はその言葉に頷いた。

「咲…気づいてあげられなくて、ごめんなさい」

 咲の母親の懺悔の声が、病室に吸い込まれていった。


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