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 だからと言って、女顔になりたかったわけじゃない。勿論、女になりたかったわけでもない。俺は、頭を抱えた。一体これは、どういうことなんだ。俺の体は? この女の魂――意識と言った方がいいか――は? 今は何月何日だ?
 数々の疑問が出てくる。室内を見回すがカレンダーらしきものは見当たらない。…最後の疑問だけは、この男から聞くことができる。俺はちらりと男を見遣って、あることに気が付く。…制服が同じだ。同じ学校なのか。整った顔立ちで、派手だからどこかで見たら印象に残るはず。…しかし残っていないということは、違う学年の可能性が高いな。俺は三年だから、必然的に年下ということになる。

「…おい」
「…っ、う、嘘だよな、咲。そんな男みたいな言葉遣いで俺を騙そうたって…」
「……悪いが、俺は咲じゃねえ」

 男は目をこれでもかと開いて、ぐしゃりと顔を歪めた。泣きそうな顔に、少し罪悪感を覚えた。

「お前は、誰だ? …今は何月だ」

 どうやら、俺が本当に咲ではないと理解したらしい。絶望したような顔で俯くと、驚くほどか細い声でぼそぼそと呟いた。

「俺は原西学…咲の、幼馴染だ」
「そうか。それで?」
「今は七月九日だ」

 こっちの体で目を覚ます前…つまりまだ俺の体の時も、七月九日だった。一年経っているわけではないだろうから、同日だと考えていいだろう。

「…咲、記憶喪失…ってやつなのか?」
「いいや、記憶喪失じゃねえ。俺は、普通に生活していたからな。男として」
「っじゃあ誰なんだよテメェは!? 咲の体を返せよ!」
「俺に言うんじゃねえよ! 俺だってなあ、女の体に入りたくなかったし、自分の体がどうなってるか不安なんだよ!」

 顔がくっつくほど近づけて睨み合えば、突然原西がはっとして距離を取った。その顔は少し赤い。…もしや、と思う。原西は咲という、この女のことが好きだったのではないかと。

「テメェの、名前は」

 ぎろりと睨まれ、俺は一瞬狼狽える。名前。……同じ学校の奴、いや同じ学校じゃなくとも恐らく有名であるだろう俺の名前。…言えるはずがねえ。いや待て。苗字だけなら、問題ないか。

「田中」
「……ほんとかよ?」

 胡乱な目が俺を見る。
 本当だ。失礼な奴だな。全国の田中さんに謝ってほしい。因みに名前は龍太郎だ。

「下は?」
「…太郎」
「テメェ…」

 原西の口がひくりと引き攣る。俺はそれに気づかないふりして、もう一度太郎と言った。

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