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 あれから早くも一ヶ月が経った。もう俺もこの男に慣れ、相変わらず名前を知らなかった。まあ、それでも一応話はできるから必要ないんだけれど。ただ、一緒にいる内に何だか…普通に接するようになってしまったな。それは別に悪いことじゃないんだけれどね。

「おい」
「ん?」

 俺は手元の雑誌から顔を上げて声のした方を向く。男は俺の座っているソファーの後ろに立って、依然として眉間に皺を寄せて俺を見下ろしている。何日か過ごして思ったことだが、この男は普段から眉を顰めているから癖だろう。困った時や戸惑った時にその皺は深くなる。まだ俺の前で怒ったことがないのでそれは分からないが、ウェーズリーのことを考えるときは年相応の笑みになる。あと嫌みを言う時はニヤニヤした表情か。
 ところで一体何の用事だろうか。男が俺を見つめてくるので、見つめ返すと皺が深くなった。何か言うのを戸惑っているように感じる。先を促すのも悪いし、黙っていようか。

「……で、出掛ける」
「ああ、ウェーズリーと? 行ってこいよ、俺は出掛けないから鍵は持って行かなくていいよ」

 何だそんなことか。一々報告しないでも、いつもは勝手に出て行くのに、――いや、そういえば最近は出掛けていないな。兎に角、この前までは好きな時間に出掛けて好きな時間に帰って来ていたのに、一体どういう風の吹き回しだろうか? 俺は不思議に思いながらそう言うと、視線を再び雑誌に落とす。ええと、どこまで読んだかな、文章を流し読みする。ああ、ここだ。今話題のデートスポット。出来れば愛しのエリィを誘って行きたいけど、無理だよなあ。
 因みにエリィというのは幼馴染みの森田江里香。俺の初恋であり、現在進行形で片想いだ。まあ、エリィには男前な上に性格もいい彼氏がいるから可能性はゼロに近いけど。俺も別にエリィと恋仲にならなくても、今のままで充分だから構わない。寧ろ、告白とかしてしまって、この関係を崩すことの方が嫌だから。

「ウェーズリーとじゃねぇ」
「は?」

 俺はその言葉と不機嫌そうな低い声に驚いて顔を上げる。口をへの字に曲げて、俺から目を逸らした。

「じゃあ一人で?」
「違う」
「えー…それなら彼女とか? いや、でもお前ウェーズリーの奴のこと大好きだしなぁ」

 一月一つ屋根の下で暮らしていたが、ウェーズリーより誰かを優先するこの男なんて一度たりとも見たことがない。それなら彼女とも長く続かないだろうし、そもそも彼女なんて作らないだろう。ウェーズリーとでもなく、一人ででもなく、彼女でもないとすると……普通の友達ってことか? え、こいつ友達いるの?
 そんな失礼なことを考えていると、痺れを切らしたのか、ぐっと眉を一層寄せて、俺の肩を強く掴んだ。

「分かれよ!」
「分かってる分かってる。友達だろ? お前にもいるんだな、ちゃんとした友達」
「分かってないじゃねぇか!」
「何でお前そんなに声を荒げてるんだよ。ていうか肩痛いって」

 呆れたように呟くと、ハッとした表情になり、俺の肩から手を放した。そして苦虫を潰したように顔を歪める。

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