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 遊園地を出るまで、悪魔は無言だった。その間ずっと手首は掴まれたままだったが、人が多かったためそこまで目立たなかった。はぐれないように掴んでいるのだと思われて終わりだろう。

「なあ、おい、いい加減…」
「好きな奴って、何」

 うっ。いきなりそれ訊いてくるのか。面倒だなと思って白を切ろうとしたが、イライラしたようにもう一度質問された。

「……別に、関係ないだろ、お前に」
「お前じゃない。…夏目様だろ」
「……もう、放っておいてくれよ。大体、何でそんなに不機嫌なんだ」
「お前が女と話してるからだろーが」

 ……なんだ、それ。嫉妬めいたその言葉にドキリとしたが、さきほどの「キモイ」を思い出して浮かれるのはいけないと思い直した。

「で、好きな奴って誰だよ。あの女には言えて、俺に言えないの?」
「っそれは…」

 言えるわけないだろ。お前だよ、だなんて。

「まさか、あの男とか?」

 悪魔の顔が嘲笑に変わる。恐らく…というかほぼ間違いなく平島のことを言っているのだろう。

「あんな奴好きになるなんて、お前見る目ないんじゃねえの」

 キモ過ぎ、と笑う目の前の男。その男を、俺は気が付いたら殴っていた。

「っつ…テメェ、なにすん――」
「好きな奴? 平島が? 馬鹿じゃねえの。俺が、俺が好きなのは…」

 お前だよ。小さく呟いた言葉と共にぽろりと涙が零れる。視界がぼやけて良く見えないが、悪魔は驚いた顔をしたような気がする。

「気持ち悪いだろ? だから、もう、放っておいてくれよ…っ!」

 涙が止まらない。俺は、荒く涙を拭き取ってから悪魔を睨み、その場から逃げだした。

「っ、おい! 徹!」

 久しぶりに名前を呼ばれたな――そう思いながら、俺は周りからの視線を全て無視して、走った。

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