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 女は同情めいた顔で呟いた。そして、その気持ちわかりますと続けた。同じような境遇の奴に会えたことがうれしくて、俺の口はボロボロと余計なことを零し始める。

「あいつ、いっつも嫌がることばっかりで」
「はい」
「人の気持ちなんも考えなくて、……いつの間にか、かの――恋人まで出来て、それまで俺にべったりだったのに、それから…」

 悪魔に対する愚痴をつらつらと述べていると、女がくすりと笑った。俺はむっとして女を睨む。女がはっと口に手を当てて、慌てて首を振る。

「あ、違うんです。あの、可愛いなって」
「……は?」
「怒った顔とか、泣きそうな顔とか、なんだか可愛いです。苛めちゃうの、ちょっと分かっちゃうな」

 つまり、俺のそういう顔が見たくて――?
 ぼっと顔が赤くなる。ぶんぶんと手を顔の前で振った。

「い、いやいやいや! そんなこと…っ」

 女はくすくすと笑うだけで、俺は赤くなった顔を押さえながら、視線を逸らした。そうしたら、視線の先に――奴がいた。硬直する。

「…? どうされたんですか?」

 女の不思議そうな声に、答えることができなかった。何故、悪魔がここに……? 悪魔は物凄く機嫌が悪そうな顔でこっちに近づいてきていた。近くに平島たちは見当たらない。どうしようと焦ってみても、女は隣で俺を心配してくるし、悪魔は俺を射殺しそうなほど睨んできているしで俺に逃げ場はない。

「おい」
「へっ?」

 声をかけられ、漸く悪魔の存在に気付いた女がびっくりしたような声を上げた。

「あんた、誰。こいつの知り合い?」
「え…あ、あの…?」
「ちょっと話しただけだよ」
「ふうん…?」

 訝しげな顔で俺と女を交互に見遣る。女は不安そうな顔で俺を見た。いきなりやってきた奴にこんな顔で見られれば、そりゃあ不安にもなるだろう。申し訳ないことをした。俺は全く悪くないが。

「帰るぞ」
「え? 平島たちは…」
「知らね」

 知らねって…。悪魔は俺の返事を待たないまま腕を掴み、歩き始める。ぎょっとして放せと言ってみるが、シカトされた。

「あ、す、すみません。俺行くんで」
「あっ、はい! あのっ、好きな人とうまくいくといいですね!」

 ぴくりと悪魔の手が反応した。あ、あ、あの女、余計なことをー……!

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