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 悪魔は俺をぱっと放して。溜息を吐いた。

「つーかさ、お前あいつとべたべたしすぎ」

 まさか悪魔の口からそんな言葉が出るなんて思わなくて、俺は奴を凝視した。ドキドキと心臓が期待で鳴り始める。顔に熱が集まる。ここが暗くて良かった。顔が赤くても、それを見る奴はいない。
 少しだけ浮かれていた俺は、悪魔の言葉で一瞬で凍り付いた。

「キモイからやめてくんない」
「――え」
「女ならまだしも、男って。あいつ、そっち系なのかね? お前、近づかない方がいいんじゃねえの」

 くっと嗤ったのが分かった。すっと体の熱が引いてきて、俺の体は鉛のように重たくなる。――キモイ。そうか、キモイのか……。

「おい、聞いてるか?」
「…あ、うん……。ごめん、俺、先行く」
「は? お、おい。ちょっと!」

 珍しく慌てた声を上げた悪魔を無視して、俺は俯いたままひたすら歩いた。ぎゅっと唇を噛み締めて涙を堪えるが、俺の抵抗空しく、ぽろぽろと零れ始めた。

「う、…ううううう」

 結局俺は、係りの人に体調不良を訴え、外へ連れて行ってもらったのだった。















「すみません、もう大丈夫です」

 心配そうな係員に頭を下げ、近くのベンチに座った。はあ、と深いため息を吐いて目を瞑る。やっぱり遊園地なんて、楽しくない。お化け屋敷は更に嫌いになった。

「もう帰りたい…」
「もう帰りたいなあ…」

 ん? 今、声が重ならなかったか? 
 不思議に思い、目を開けて横を見る。ベンチの端に座っている女と、目が合った。

「あ…」

 どんよりとした顔の女は、目を見開く。そして苦笑した。「あなたも?」

「…まあ、はい。…あの、どうされたんですか?」
「彼氏が浮気性で…かわいい子に声かけられて、行っちゃいました。…私のことなんて、放って」

 あなたは、と訊かれて言葉に詰まる。男同士はキモイと言われ、傷ついて泣きましたなんて、馬鹿正直には言えない。

「す、好きな奴に…酷いこと、言われちゃって」
「そうなんですか…」


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