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 俺はこの駄犬の意味不明な発言と、知らない男の出現に戸惑った。男と目が合うと、男はニヤリと嫌らしい笑みを浮かべて、一歩俺に近づいた。その直後に駄犬が俺の前に立ちはだかる。逞しい背中が男を完全に隠した。

「ちょっと、邪魔ー」
「うっせぇ。漸く本性現したな」
「そっちこそ、先に手出しすんじゃねーよ。な、孝太。こんな怖い顔した奴より、俺の方がいいよな?」
「えっ!?」

 駄犬の胴の横から男がひょっこりと顔を出す。
 男は俺のことを知っているようだ。いや、でも…俺、こんな人知らないんだけど。こんなに美形なら、この学校で騒がれる筈だし、一度見たら忘れるわけがない。っていうか、何を言い争っているんだろう、この人たち。
 確かにこの男、柔和な顔してるけど、なんていうか…雰囲気が、ちょっと冷たく感じる。
 答えずに黙っていると、男はむっすりとした顔になった。

「ふーん…、無視とか、いい度胸じゃん」

 急に明るい声が陰を含んで、低い声が俺の鼓膜を震わせた。笑顔なのに、目が笑っていない。一気に男の存在が怖く感じて、体が震えた。
 そのまま一歩また踏み出して、笑みを深くした。

「こっち来んな」

 駄犬は吐き捨てるように言って、振り返ると俺の腕を掴んだ。な、何故掴む!? っていうか、あれ? いつもみたいに痛くない…? この男から守ってくれてるような気がするし…もしかして、実はいい奴!?
 吃驚して見上げると、眉間に皺を寄せたままの駄犬。う、うん…、顔はやっぱり怖いかな…。

「孝太、いいこと教えてやるよ」
「え、…」
「俺の名前、木下舞っていうんだ」
「へ…」

 え? き、木下舞って、……え!?
 い、いや、でも、全然似てないし…ど、同姓同名!?
 目を見開いて男を凝視すると、男はにんまりと笑った。駄犬の皺が一層深くなり、俺の腕を引っ張って歩き出した。急な動きに、体が傾く。え、な、何だ、いきなり。

「あ、あの…」
「あ?」
「えっ、えっと、ど、どちらへ…?」
「俺の部屋」
「ああ…部屋ね…、部屋!?」
「えー、じゃあ俺も行く」
「来るな」
「嫌。だって俺の部屋でもあるし」

 それを聞いて、はっと、あることに気づく。この駄犬の同室者って、木下舞…だよな。っていうことは、この美形は…あいつ!? 真っ青になって木下を見つめると、木下は一瞬キョトンとして、目を細めた。

「あ、やっと気づいた? 孝太ってば、やっぱトロイなぁ。そんなとこも好きだけど」
「キメェ顔すんな」
「失礼な! ……改めて、宜しくなぁ? こ、う、じ」

 ――ちゅ。
 紛れもなくその音は俺の額から発せられて、そして、生暖かくて柔らかい感触が…。え、え、……え!? ききききききキス、さ、された!?

「てめぇ…っ!」
「っ、ぎゃああああああああ!」

 顔に熱が集まり、訳が分からなくなって、駄犬の手を驚くほどの力で振りほどくと、俺は今なら陸上選手になれるんじゃないかと思うくらいスピードを出して廊下を走った。
 後ろで駄犬の怒鳴り声と木下の笑い声が聞こえた気がしたけど、聞く余裕なんてある筈もなく。
 ……どうやら、俺の苦悩は更に問題を追加して、まだまだ続くようだ。


()

fin.

なんじゃこりゃ、の一言しか浮かばない作品。
でも割と気に入ってるので、今度は生徒会とかも出した続編とか書きたいですね。

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