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 唸るように泣いている流太郎を冷めた目で見下ろし、ぼさぼさになった頭から足を下ろし、しゃがんだ。髪を鷲掴んで涙やら鼻血やら血やらでぐしゃぐしゃになった流太郎の顔をしげしげと見つめ、息を吐いた。溜息だった。

「きたねえ面。これじゃ売りに出すのは無理だな」

 流太郎は売りという言葉にぴくりと反応した。売り――臓器でも、売られてしまうのだろうか。流太郎にとって、そういった類のものは漫画などのフィクションだった。イマイチ実感が湧かず、ぼんやりと男の言葉を待った。売るというのが臓器だけでなく、身体を売るということを示しているのを流太郎は知らない――知るはずもなかった。

「いや…元々の顔はそこまで悪くねえか?」

 流太郎の顔を思い出しているのだろうか、顎に手を遣り、空を見つめている男は首を傾げた。そして傍に転がっていた鞄――半分ゴミ箱の中に入っていた――を拾い上げると、中を漁った。学生証を見つけると、ふうんと口を歪める。
 流太郎の顔は決して悪いものではなかった。とても整っているとは言えないが、そこそこである。そしてなにより男が好む顔立ちだった。少し幼さの残る、意志の強そうな顔。男は床に張り付いている流太郎を再度見下ろした。死なない程度で遊んでいたが、さて、どうするか…。どこかに売っ払ってしまおうと思っていた男は悩み始める。あの時自分を突き放すという行動も気に入ったし、少し手放すのが惜しい。しかし所詮どこにでもいる運が悪い高校生。そんなものを拾ってどうしようとも思えない。知り合いにそういう性癖の持ち主はいるが、結局それでは売っ払ってしまうのと変わりない。男はらしくないなと舌打ちした。何事も即決していた男にとって、珍しい出来事だった。
 男は暫し考えて、結局流太郎を拾うことにしたようだ。飽きれば捨てればいい。それだけのこと。男は動かない流太郎をじっと見下ろす。やけに静かだった。もしかしたら気絶しているのかもしれない。

「……おい」

 反応がない。男は大きく舌打ちして、流太郎の襟首を掴んだ。勢いよく持ち上げると、流太郎は苦しげに眉を顰めた。

「寝てんなよ」

 首をぎりぎりと絞めると、かは、と声が出て、流太郎は目を見開く。男はそれに満足し、力を緩めた。崩れ落ちそうになる流太郎の身体を支え、ふんと鼻で笑う。首に手を当てて咳き込む流太郎を眺める。手の隙間から自分の手形が見え、男は興奮した。流太郎は視線を感じ、――というよりは、自分の今の状況を思い出し、男に目を向けてさあっと青ざめた。腕を掴まれているせいで逃げられない。がたがたと震えだす。男はそんな流太郎に気づかず、無性に白くもない、男の首に噛み付きたい衝動に駆られた。そして、がぶり、と音が鳴る。

「っ――!?」

 流太郎と時が止まった。驚きすぎて体の震えも止まった。対して男は自分の行動に戸惑っていた。だが、それも少しのことで、すぐにやはり拾って良かったとあくどい顔をする。そういう意味で拾ったつもりはなかったが、案外いけるかもしれない。男は固まっている流太郎に囁く。

「今日からお前は俺のもんだ」













fin.

これからこの二人がどうなるかは、皆様におまかせします。サンドバックかもしれませんね!

以下登場人物紹介

流太郎(りゅうたろう)

口が悪い。授業をサボる程度のことしかやったことがない不良もどき。
背は割と高い。将来男前になりそうな顔立ち。



ヤクザ。
サディスト。


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