12

 俺はすっきりとした気分で美術室に戻った。定位置に戻ると、訝しげな顔で宮司が俺を見る。
 言うか黙っているか少し考えて、…結局、言うことにした。

「あいつ、今日は戻ってくると思う」
「……は? 何で…っつか、あんな奴戻ってこないほうがいいだろ?」
「そうなんだけど…」

 なんでかあいつが戻ってくると思うと、わくわくする。俺はその言葉を飲み込んで、筆を取った。今度は、ちゃんと描けそうだ。

「準…」

 宮司の苦しげな声は、俺の耳に届かなかった。













 家の前に長身の男が立っている。…顔を見ずとも、誰だか分かる。あいつだ。

「…何してんだ」

 真後ろに立っても気づかないので声をかけてみると、びくりと肩が大袈裟に揺れて、勢いよく振り返る。次は俺が吃驚する番だった。

「なっ、…お前、いつから」
「今だけど…何で入らないんだ? あ、…もしかして鍵がないのか」

 退け、と言うが男はこっちを凝視してくるだけで動きそうにない。俺の声が聞こえてないんだろうか。痺れを切らして男の体を押し退ける。びくりとしたのが振動で伝わった。

「さ、触んじゃねえよ」

 お前が退かないからだろ。
 そう思いながら、ずきりと胸の奥が痛んだ。俺が汚いから、触られたくないということだろうな。――あれ、でも、こいつ、俺のこと触ったことなかったっけ? 不思議に思いながら鍵を取り出し、差し込む。後ろから痛いほど視線を感じ、何だか緊張してしまう。ガチャリと鍵を開け、靴を脱ぐ。ちらりと後ろを窺うと、男も靴を脱いでいた。それにほっとして、足を進める。
 ソファに座ると、男が眉間に皺を寄せて俺を睨むように見た。この間感じたような怒りはない。戸惑いの色が強いことを確認して、俺は男が喋るのを待つ。

「……何で、あんなこと言った?」

 あんなこと、とは。帰って来いという言葉だろうか。

「お前が帰ってこないから」
「俺が帰ってこないほうが、いいんじゃないのか」

 俺は噴き出す。

「宮司みたいなことを言うんだな」

 男はむっとした。

「なんだ宮司って」
「…俺の大事な友達だよ。親友ってやつ」
「もしかしてダーリンっつってた野郎か」

 頷くと、男はそうか、と呆けたように言う。

「付き合ってるわけじゃなかったのか…」
「え?」

 男は口を覆って何かを呟いた。小さい上に篭っていて、聞き取ることができなかった。

「なんでもないさ」

 何故だか、男は嬉しそうだった。 

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