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 さぁちゃんに電話をかけて、そっちには戻らないということを伝えると、ふうんという一言だけ返ってきた。一見冷めているそれが残念そうだということを知っている俺はにやにやしながら揶揄うとブチッと音を立てて切られた。携帯を生暖かい顔で見つめた後、チカちゃんに視線を戻すと顰めっ面だった。

「随分楽しそうだな」

 怒っているというより、拗ねている。以前のチカちゃんもよく見せた顔だ。面影がちゃんと残っていて安心する。

「そりゃあね」
「…ま、所詮友達か」
「所詮って」

 嫌な言い方だ。俺にとっては親友同然の男なのに。
 睨むように見ると、チカちゃんはぬっと手を伸ばしてきて、俺の髪をくしゃりと撫でた。余裕そうな笑みを浮かべている。

「ま、俺は恋人だし」
「……、は?」
「ん?」
「ちょ、ちょっと待って? …今、恋人とか聞こえたような」
「言ったな」
「いつから恋人になったの!?」
「さっき」

 さらっと言われ、俺は頭を抱えた。こういうところ、変わってない。

「なんだよ、嫌なのか?」
「いっ……い、嫌じゃ、ないけど…」
「ならいいじゃん」

 いや良くないでしょ。げんなりしながらチカちゃんを見るけど、チカちゃんは始終笑みを浮かべていた。
 まあ、いいか、なんて思う自分はチカちゃんに甘すぎる気がする。でも、チカちゃんとまた一緒にいられるということが、嬉しいことは事実だった。それが恋人ということがちょっと問題ありすぎる気がするけど、チカちゃんとならって思うんだ。














 うわ、来てる。
 そんな声が聞こえた。学校に来るのが、そんなに行けないのかと思う。確かに良くサボるけど、学校に来たくないわけじゃない。俺だって皆と同じ生徒だ。ちょっと自分に正直なだけだ。
 学校の奴らは、分かりやすかった。嫌悪、軽蔑、羨望、恐怖。どれも鬱陶しいものだ。それでも俺が学校に来るのは、彼がいるからだ。
 俺は頬杖を付いて、ちらりと様子を窺った。誰もが俺を気にして表情を変えるのに、彼だけは本を真剣に読んでいる。どこにでもいる、特に秀でたところのない少年だ。俺の知る限り授業にちゃんと出席して、しっかりとノートを取っている。彼と目があった時はすぐに逸らされる。でも皆と違うのは、俺に対してというわけじゃなくて、皆にということだ。人と接するのが苦手なんだろうなと思う。
 そんな彼を見ているうちに仲良くなりたくなった。笑ったら、どんな感じなんだろう。

「あー、だりーね」
「俺ねぇ、キミと話してみたかったんだぁ」
「良かったら、友達になってくれないかな?」

 君は気づいてたかな。あの時の汗は、暑さによるものじゃないってこと。

「俺は健やかなる時も病める時も〜えーと、なんだっけ? まいっか、とりあえず、永遠に愛することを誓いまーす!」
























fin.



おまけ

「ところで、チカちゃんなんで家に来たの?」
「え、聞いてなかったのか」
「…まあ、それどころじゃなかったし。で?」

 チカちゃんはくすぐったそうに顔を歪めて、ポツリと呟いた。

「…両親が旅行に」
「……え、それだけ?」
「………お、俺は家事ができない」
「…ああ、なるほど…」

 チカちゃんの顔を見て悟る。絶望的な顔だ。恐らく家事全般は壊滅的なんだろう。

「え、じゃあ夕飯は? どっかで買ってきた?」
「ああ、食べてない。折角だからマサにもらったものをいただくか」
「食べてないの!? 早く言えよ!」
「え、あ、ああ…悪い」

 呆れた。
 嬉しそうに袋を開けるチカちゃんを見て、赤面する。それは、俺が買ってきたものだからなのかな。…いや、普通にそのパンが好きだからだよね。うん、そう思っておこう。
 自分に言い訳するように頷いていると、チカちゃんがにっと笑って言った。

「お前の買ってきたものだと、尚更美味しいな」

 ……ば、馬鹿じゃないのこいつ…。
 俺は顔を真っ赤にしてテーブルに伏した。










以下、登場人物紹介。


高橋 雅(たかはし まさ)

大学1年生。
チャラ男になったとたん人に好かれるようになってびっくり。
早乙女は高校の時にできた大事な友達。 

畠山 知親(はたけやま ともちか)

大学1年生。
とにかくマサのことが大好き。
罪悪感をずっと抱えていた。

早乙女 太郎(さおとめ たろう)

大学1年生。マサと同じ学部。
太郎と呼ぶと怒る。マサからはさぁちゃんと呼ばれている。
マサのことは大事に思っている。


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