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「あいつをぶっ殺してやろうか」
「やめろって。俺はあんな奴のために殴らせたくないんだよ」
そう言うと、宮司はぱちぱちと数回目を瞬かせて、熟れた果物のように甘い顔で笑んだのだった。
俺は目を瞑って小さく息を吐いた。
ただいまという声も何もなく(あったらあったで嫌だが)家に入ってきた男は、俺を視界に入れるとすぐさま顔を歪めた。しかし、いつもと違う。そう、――それは初めて見る笑顔だった。
「ウェーズリーに褒められた。羨ましいだろう。お前のおかげでっていうのが些か癪ではあるけどな」
別に嬉しくとも何ともねえよ。声に出しても無駄だと思った俺は、男を一瞥して終わる。「何だよ、つまんねぇ奴」男は然程残念という様子も見せないで呟いたが、俺は勿論それに応えなかった。
しんとリビングが静まる。俺は本棚から一冊本を取ると、栞を挟んでいた場所を開いた。本を見た男が驚いたように声を上げた。
「へえ、お前アガサとか読むのか」
「……だから何だよ」
「…いや、別に。俺もアガサを読むんでな」
意外だ。こいつ、本とか興味なさそうなのに。俺は思わず文字の羅列から視線を男に移した。俺の表情に不満そうに顔を顰めた男は、次いで、頭をがしがしと掻いて溜息を吐いた。
「似合わねえって言いたいんだろう、構わねぇよ。…確かに似合ってないんだしな。でもな、俺、本は好きなんだ」
「まあ、似合わないけど。別にいいんじゃないのか」
「は?」
「そいつが好きなことして満足してんならいいだろう。俺だって絵を描くのは似合わないって自負しているし」
「…そうか、お前…美術部だったな」
男が嫌みのない笑みを浮かべた。俺はそれが何だかむず痒く感じて、男からそっと視線を外した。
「…メシ」
暫し時間が経ち、男が小さく呟いた。そうだ、男の分も食事を作らないといけないんだったな。ただでさえ余裕がないのに、これでは直ぐにお金が尽きてしまうのではないだろうか。よし、夜はこいつのだけ作って、俺はもう食べたことにしよう。昼はちゃんと食べたら宮司にバレることはないだろうし。
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