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 道中、会話はなかった。平沢は何かと俺に話しかけていたが、俺は返事をしていないのであれは会話ではなく平沢の独り言だ。しかし、諦めればいいものを、何でそんなにしつこく話しかけてくるんだろう。

「あ、ここだよ」

 にこにこ笑いながらドアを開け、俺を促す。遠慮せずに中に入ると、軽快な声に迎えられた。

「いらっしゃい」
「どーも」
「――ああ、なんだ、達也じゃねえか」
「なんだって何ですか」

 後ろで平沢が笑ったのが分かった、俺はカウンターにいる男をじっと見つめた。大きくて、熊みたいな男だ。――ああ、”殺さなければならない”奴ではない。きっと”殺さなければならない”奴は一人なんだろう。何の確証もなかったが、何故か俺はそうに違いないと思った。

「そいつは、達也の連れか?」
「ええ、……まあ。そんな感じですかね?」
「なんだ、はっきりしねえな」
「いやあ、実はさっき会ったばっかりで」
「へえ」

 男は意外そうに目を瞬いて笑う。そして好きなところに座りな、と言ってきた。昼時で忙しいのか、それだけ言うと客に呼ばれて奥の方に行った。

「じゃあ、あそこ座ろっか」

 指さされたのはカウンター席。別に嫌ではなかったので頷く。はたして、俺はラーメンが好きだっただろうか。
 首を傾げながら座り、平沢に渡されたメニューを受け取る。みそ、とんこつ、塩、しょうゆ。色々な品が書かれていたが、味が思い出せない。俺はラーメンなんて食べたことがないような気がするし、食べたことがあるような気もする。ううんと唸っていると、視線を感じて顔を上げる。心臓がキリキリと痛み出す。

「みそがオススメだよ」

 こいつの笑う顔は、凶器だ。俺はこっそり胸を抑えて、目を逸らした。


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