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「へえ…相沢陸がねえ?」

 恭は面白そうに口の端を上げた。何が面白いんだろう。僕は不思議に思ったけれど、口にはしなかった。
 恭はいきなり連絡がつかなくなった僕のところへ態々来てくれた。数日ぶりに会った恭は相変わらず格好いい。…会いたくて仕方なかった。彼に昔抱いていた気持ちと似ているこれは、やはり恋なのだろうか?

「ねえ、それってさ」

 恭がニヤニヤとしたまま続きを口にしようとする。その時だった。恭の顔つきと雰囲気が変わったのは。 

「恭…?」

 恭は答えない。僕の後ろをじっと無表情で見ている。こんな顔、初めてだ。何故か彼を目の前にするときより恐怖を感じた。

「きょ、恭…」

 もう一度呼ぶ。弱々しい声だったけれど、今度はこっちを向いた。そして腕を掴まれると、引き寄せられる。ドキリとして顔が熱くなる。

「……何か用でも? 相沢陸さん」
「――っ!」

 発せられた名前に大袈裟に肩が揺れた。か、彼が今そこにいるというの?
 いや、そんなはずはない。これは恭のタチの悪い冗談だ――そう思っても、心臓がバクバクと鳴り出す。蔑むような視線が背中に突き刺さっている気がした。

「……それは俺のだ。返せ」

 え…?
 彼の言葉に戸惑っていると、恭の腕に力が入った。そして小刻みに揺れ、僕は不安になって顔を上げた。

「…っふ、ははは! バカじゃない? 良太がまだ自分のこと好きだと思ってるって勘違いしてるだろ? 残念だけど良太が好きなの、俺だから」

 心臓が跳ねた。…恭は何を言っているの? 僕が恭のことを好きだって、何で…。

「後悔してももう遅いんだよ」

 ふふっと笑った恭は、別人のように思えた。僕は呆然とそれを見つめる。ちらりと彼を見ると、目が合った。唖然としているその顔は、初めて見るものだった。

「後悔しても遅いけど…ずっとずっと、後悔してくれよ?」

 恭は悪魔のような笑みを浮かべた。

















 そこからのことはあまり覚えていない。彼はいつの間にかいなくなって、僕たちは公園のベンチに座っていた。

「はー、すっきりした」

 恭が晴れ晴れとした顔で背伸びをする。

「あの、恭…僕」
「俺さあ、良太のこと、好きだよ」

 僕は真っ赤になった。告白されたのは初めてだ。僕は嬉しくて恭の顔を見つめる。

「ありがとな、復讐に付き合ってくれて」
「え…」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「たまき」
「…たまき?」
「玉木恭。……この鬘、見覚えあるだろ?」

 そう言って出したのは、真っ黒な髪の毛の束――鬘だった。…たまきと恭が同一人物…?

「あいつ、俺の彼女寝取った上にさあ、俺に惚れたとかなんとか言いやがって…ベタベタ触ってくるわキスしようとしてくるわ。気持ち悪いだっての。それで俺、学校中からホモ扱いされて」
「……え、だって、恭の学校は同性愛に寛容だって…」
「そんなの嘘に決まってんだろ」

 性格が変わったかのように冷たい顔。…全部、嘘だったって言うの?

「あいつ、良太が自分のこと好きだからって安心して好き勝手してたら、他の奴に取られるって今更焦ってやがんの。見た? あの顔、すげーウケる! …だからそんな顔を見せてくれた良太には感謝してるよ」

 さあっと顔が青褪める。…僕は、利用されていたんだ。

「良太、好きだよ」

 告白の言葉は、酷く冷めたものだった。それでも僕は――。
 近づいてくる顔に、自然と目を閉じる。
 『後悔してももう遅い』
 恭のその言葉が、耳元で囁かれた気がした。















fin.

良太→陸からの恭←良太←陸です。
消化不良というか、納得いかないという方もいらっしゃるかと思いますが、これで終わりです。
良太は恭のことが好きだから、利用されてても嬉しい。陸は自分の物(良太)を取り返そうとする。恭はそんな陸を見たくて良太に嘘の愛を囁き続ける。そんな物語です。

良太が最終的に恭とくっつくか、それとも陸のところに戻るのか。
それは皆様の想像にお任せします。

恭も陸も自分の気持ちに気づいたら結構優しいと思うので、どちらにしても良太は幸せになれるんじゃないかな。

では、登場人物紹介です。


神崎 良太(かんざき りょうた)

普通の子。
陸のことが好きだったが、今は恭が好き。

相沢 陸(あいざわ りく)

良太が自分のことを好きだと気づいていた。
たまきが好きだったが、良太が最近他の男と仲がいいので嫉妬して取り返そうとしている。
恭がたまきだと気づいていない。

玉木 恭(たまき きょう)

何人もの彼女を寝取られた上に、自分のことを好きだと言ってくる陸のことを憎んでいた。
良太を見かけて、利用できると直ぐに気付いた。
現在、良太と付き合っているが、そこに愛はない。

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