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 早速返信しようとしたけど、携帯を奪われてしまった。……なぜそんなことをするのか分からなくて、僕は不安になりながら彼を見た。
 携帯画面を睨んでいる顔はいつもの不機嫌な顔より何倍も怖い。

「んだよ、これ…」

 彼はそう呟くと、携帯を反対方向に折ってしまった。バキッと音が鳴って、僕は青褪める。

「な、なんてこと…!」

 これじゃ、恭に連絡できない!
 僕は何より先にそう思って、機能を無くした携帯を見つめる。

「なんのつもりだよ、テメェ」
「え…?」

 彼は僕をジロリと睨んで携帯を放る。もうあれは壊れたものだから、大して気にならなかった。それよりも、彼の言っている意味が分からなくて、僕は眉を下げた。苛立ったように舌打ちをする。

「ふざけんなよ…っ!」

 壁を蹴ると、彼は僕に近づいてきた。腕を上げた瞬間、殴られる――僕は恐怖を感じて目をぎゅっと瞑った。しかし、痛みはやってこない。代わりに訪れたのは、温かい体温と唇を覆う何かだった。

「……っ!?」
 
 何をされているのか分からなかった。何で僕は彼に抱きしめられているんだろう。何で僕は――キスされているんだろう。
 呆然としていると、唇が離れていく。同時に体温も離れていき、一気に体温がなくなったような気がした。

「テメェは俺のもんだろーが…!」

 小さい声で叫ぶと、彼は体を翻して去って行った。押しつぶされた悲鳴のような声が、僕の頭の中で木霊する。
 彼とキスをするのは初めてだった。彼は、僕がキスを強請ると汚い物のように見ていたのに…。そっと唇に手を遣る。ファーストキスの味は、分からなかった。

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