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 樋口がこのホストクラブにシューという源氏名で働き始めて一週間が経った。最初は嫌々働いていた樋口だったが、今ではホストを楽しみつつあった。このモヒカンが珍しいのか、ワルな男に憧れるのか、樋口を指名する女性は後を絶たない。樋口の顔がよく見れば整っていることも理由の一つだろう。学校では同級生にさえも怖がられて彼女が作れない樋口は、女性に囲まれるという状況はまさに天国。友人たちに何があったのかと問い詰められたが、樋口は口を割らなかった。ホストクラブで働くことになったなどと言ったら、何を仕出かすか分からない。それに女性に締りのない顔を浮かべていることを知られるのはプライドが許さない。
 ロッカーを開けながら今晩指名した美人な女性を思い出して顔を緩めると、既に着替え終わったトキが笑みを漏らす。

「中々サマになってきたじゃねえか」
「…フン、まあな。テメェなんぞすぐに抜いてやる」
「相変わらず生意気だな。ま、お前が素直になったら気持ち悪いけど。あと敬語使え」

 口では抜くと言ったものの、正直樋口はトキには勝つことができないと思っている。はじめは嫌な男だという印象しかなかったが、トキは何一つ上手くできなかった樋口に手取り足取り教えた。営業が終了しても厳しく指導し、上手く出来た時は優しく褒める。単純な樋口が憧れるのに時間はかからなかった。素直に憧れているなどと言える口はないが。
 仲間や指名してくれる女性に騙している罪悪感を感じていないわけではない。しかし、元々樋口は素行が良くない故に誰かに迷惑をかけているわけじゃないと開き直ってしまった。

「それにしても、お前ホスト向いてるよ。マジで働けば?」

 周りからも賛成の声が上がる。嬉しくなり顔が緩むが、同時に胸が痛んだ。

「だから俺はみせ――……」

 言いかけて慌てて口を閉じる。この場には樋口が未成年だということを知っているのはトキ以外に存在しない。バレたら自分だけではなく、良くしてくれているオーナーやトキ、この店のホスト達に迷惑をかけてしまう。それは何としてでも避けたかった。

「考えとく」
「敬語」
「か、考え…ときます」

 トキは柔らかい笑みを浮かべながら頭に手を遣――ろうとして、苦笑した。

「この髪じゃ撫でらんねえな」
「はあ!? 撫でるって…ガキじゃねえんだぞ!」
「お前は充分ガキだって言ってんだろ。…敬語も満足に使えねえし」

 呆れたように頭を振るトキの目に、ムッと不貞腐れた表情の樋口が目に入る。それほど子ども扱いが嫌なのかと申し訳ない気持ちになる。トキは即座にその気持ちを押し込めた。関わっていくうちに、樋口の色々なことを知った。噂で聞いたような、暴力的な素行はそれこそあの日だけで、大人しくトキの指導を受けている。あまりの単純さにいつか悪党商法に引っかかるのではないかと心配を日々募らせてしまっている状況だ。退屈しのぎで自分の世界に引き込んだことを現在進行形で後悔している。今は大人しく従っているが、いつ辞めると言い出すか分からない。もっと樋口に色々なことを教えたいという欲求がいつの間にか現れ、直ぐさまトキの心を覆った。そうして遂に零れてしまったのが、先程の言葉だ。

「……。髪を」
「あ?」
「髪を、下ろしたら…アンタは撫でるつもりなのかよ?」
「え――」

 髪を下ろす、とオウム返しのように呟く。視線をウロウロと床に転がしている樋口の顔と頭を交互に見たトキは、笑みを零した。

「そうだな、下ろしたら撫でまくってやる」
「ふーん…」
「つーかお前が髪下ろしてるの想像できねえなぁ」

 チラチラと樋口の顔を見ながら髪を当てはめるが、イマイチしっくりと来なくて、トキは唸った。髪を下ろすという言葉を耳にして群がってきたホスト仲間たちが樋口の髪をツンツンと引っ張る。以前の樋口なら彼はもう既に床に沈んでいる。

「えー下ろすのか? インパクト無くなるぞ」
「い、いや、別にまだ下ろすとか言ってな――」
「だよなあ、モヒカンじゃないシューなんて……まあ、ただのイケメンになるな」
「皺が無くなればな」

 全く話を聞いていないホスト仲間たちに樋口は溜息を吐き、絡まれないように着替えるペースを速めたのだった。

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