某日の会話


 一つ言っておこうと思う。俺は目を引くほど端正な顔立ちをしていないし、誰でも鬘と分かるもさもさの髪でもない。勿論だが時代遅れの瓶底眼鏡だってかけていない。序でにそこらの族で総長やってたとか族潰しやってたとか、そういうことでもない。自慢じゃないが殴り合いの喧嘩なんて生まれてきてから一度もやったことが無いのだ。所謂チキンと呼ばれるものだがプライドが傷つくのでそこは置いといて欲しい。
 まあつまり何が言いたいかと言うと、俺は「王道」や「非凡」などではなく平々凡々なのであるということでして。

「……と言うことで田中。東に移ってくれないか」
「……はあ、」

 搾り出すように声を出す無表情な俺(内心は穏やかでない)を見て安堵したように顔を綻ばせる。担任はそのあと困ったような、申し訳なさそうな顔でこちらを見てきた。

「すまないな。上からの命令なんだ」
「大丈夫、わかってますよ」

 安心させるように笑おうとしたが失敗した。少し頬が引き攣る。もしかして手が少し震えていたのも気がついてしまったか?
 案の定、担任は目線を少し下にやって言いにくそうに口をもごもごしている。

「田中、やっぱり」
「……俺は喧嘩なんてしたことないです」

 終いには声まで震えそうになる。こんな時までなんて情けない。俺は震えないように一つ一つの言葉を紡ぐ。担任は急に自分のことを喋り出した俺を不思議そうに見ていたが、徐々に真剣な表情になっていった。
それを見てまた言葉を繋げる。

「喧嘩したことないですから、勿論殴られたこともありません。だから、東の人たちと俺とでは見る世界が、生きる世界が違います。それでも」

 やってやろうじゃないですか。

「今更何と言われようとも俺は東に移りますよ。先生は俺が殴られて終わりだと考えてるかもしれませんけど、」

 実は俺、喧嘩ってものを一度経験したいと思ってましたから。俺が言った嘘を信じてくれただろうか。

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