一触即発


 空気が緩んだ後、他愛もない話をして東谷の部屋を出た。今、どうしても部屋まで付いて来るという実利たちに、呆れながらも嬉しさと羞恥に少しだけ笑って、部屋に帰る途中だ。

「話を掘り返すようで悪いが、本当にお前、国分寺虎には気をつけろよ」
「ああ、分かってるって」
「へぇー、それはそれは、俺様も有名になったもんだなァ」

 しつこいぞ、と苦笑するとその直後にずしりと両肩に何かが乗って、"聞き覚えのある"声が聞こえた。 暫時硬直して、少しだけ振り返ってみれば、国分寺先輩が俺の肩に両手を垂らせて、ニヤニヤしながら体重をかけていた。

「こ、こここ国分寺先輩」
「おう、さっきぶりだな」

 何てタイミングの悪い。そうですね、と顔を引き攣らせながら言うと、何故か国分寺先輩が小さく笑った。……あっ、そういえば実利たちは? 一応初めての接触じゃなかろうか。不安に思いながら二人に視線を遣ると――……怖っ! 顔怖っ!
 実利はまだいいが、東谷の顔は本当に酷かった。親の敵でも見るような――否、それ以上の憎悪を国分寺先輩に向けていた。因みに先輩は依然としたまま笑っている。

「結城から離れやがれ、糞が」
「おーおー、怖いねぇ。まっ、てめぇは俺様の足下どころか小さなアリンコにも及ばねえけどな」

 まさに一触即発。それまでに東谷の雰囲気は刺々しかった。
 国分寺先輩はするりと俺から離れると、嘲笑うかのように一度肩を竦め、両手をあげて降参のポーズをした。だがそれは火に油を注いだようなもので、東谷は大きな舌打ちをする。

「結城、行くぞ」

 黙っていた実利も眉間に皺を寄せながら俺の腕を引っ張る。必然的に体はそっちに傾いた。

「おいおい、お前ら、分かってンのかァ? こいつはまだ奴らに認められてはいねぇが、一応東の奴だぜ。ここは"優しい先輩"の国分寺虎様が部屋まで送る」
「はあ?」

 突っ込み所のあるその言葉に、東谷があからさまに顔を顰めた。「優しい先輩……って、どこがだ」実利も訝しげに国分寺先輩を見ている。……だよな。いや、カリスマ性はあるみたいだけども。

「ふざけんじゃねぇぞ、お前なんかに渡せるか」
「言うじゃねえか。所詮人を殴ることもできねぇ若造が」
「ああ゛!?」
「ふん、精々吼えてろ」

 怒りを我慢できなかったのか、東谷は国分寺先輩に殴りかかった。やめろ、と声を発する前に、国分寺先輩はそれをひらりとかわし、鼻で笑う。それにまた一層腹を立てたのか、国分寺先輩の実力に見合わない自分が悔しいのかは分からないが(恐らく両方なのではないだろうか)、東谷は歯軋りをした。

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