自室



「お待たせ。田中、二人とも今日はお疲れ様」
「……ッチ、人遣い荒いんだよテメェ」
「はいはい、兎に角、田中一人で帰らせるのは危険だろう。ほら、田中――って、これじゃどっちの田中か分かりにくいな…」

 そう言うと、少し考えるような素振りをして、爽やかに笑った。

「お前の方は昔から田中って呼んでるからそのままにしとくか」

 ハルの方を見てうんうん、と何度か頷く。ハルはそれを一瞥し、黙っている。反論はないようだ。
 って、昔から? ……あ、そうか、国分寺先輩と親しい谷屋先輩は、その従兄弟であるハルとも面識があるんだろうな。

「そんで、田中はジョンって呼ぶことにする」
「は、え? じょ、ジョン?」

 何でいきなり外人!? しかもジョン!?

「お前よく見たら実家で飼ってる犬に似てるんだよなあ。だからジョン」
「は、はあ…」

 理由は分かったが、微妙な心境だ。それ、喜んでいいんだろうか? 
 ハルもまた微妙な顔をして、谷屋先輩を見た。しかし、満足そうにしているので、まあ、いいか。俺は諦めに似た納得をして、了承した。

「じゃあ田中、ジョンと一緒に帰ってくれ」
「……い、行くぞ」
「――あ、あぁ」

 ぶっきらぼうに言うと、俺の腕を取って歩き出すハル。うん? 何で手を掴むんだ? あ、もしかして歩くの遅いんだよ、的な。
 ちらりと後姿を見遣ると、しかし、その耳はほんのりと赤くて、緊張は解ける。友達っていうのに慣れていないのかもしれないな、と俺はちょっと笑みを零した。








 寮へと帰ってきて、俺たちは自室へと戻った。ベッドに勢い良く寝転がった。その時、足の付け根付近に痛みが走った。ズボンのポケットの中に何か硬いものが入っている。ええと、何入れたっけ……って。

「――あ、」

 携帯、その存在を改めて思い出した。実利たちには悪いが後で連絡しよう、と思って入れたんだった。あれからどのくらい時間が経っているのかと考えるだけで恐ろしい。数時間は経過してるぞ。実利が起こる姿を思い浮かべて、さっと血の気が引いた。いや、ま、待て…。取り敢えず電源を入れよう。
 電源を入れた時に見えた不在着信と新着メールの数に、俺は気が遠くなるのを感じた。しかも……今電話かかってきたんですけど。 俺は諦めて一度溜息を吐き、通話ボタンを押したのだった。

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