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 そんなことを考えていると、近くにいた谷屋先輩がこっちへ来て、申し訳無さそうに尋ねてきた。

「遅かったけど、もしかして保健室の場所が分からなかったか?」
「いえ、構造は同じらしいので、直ぐに着いたんですけど……」
「ああ、八橋先生か。おっと、荷物、有り難うな」

 谷屋先輩は苦笑すると、荷物を俺から取った。
 ちらりと八橋先生の方を見ると、名も知らない不良(下っ端だろう)に唾を飛ばしながら話していた。きっ、汚ねええ! ていうかウザがられているんだから自重しろよ!
 そういえば、八橋先生の所為で若干忘れていたが、怪我人はどうなんだろうか。血の臭いは体育館中に充満しているが。

「あの、た、大丈夫なんですか?」
「あー、まあ思ったより酷い怪我の奴はいないみたいだ」

 右手を腰に当て、ふうと安堵の溜息を吐く先輩の姿は、不良のような格好をしていることを除けば面倒見のいいお兄さんだ。それにしても、片手で荷物を抱えるなんて、器用だ。というか重くないのかな…。

「そうだ、田中たちの自己紹介をするという話だけど、さっきまでいた筈の藤堂がいなくなってるんだよな…。そうだ、擦れ違わなかったか? 凄い目つきの悪い青髪の奴なんだが」

 一瞬廊下で会った不良かと思ったが、確か髪は青じゃなかった気がする。……顔と服装がインパクト強すぎてあまりよく覚えていない。それに、名前は浦田だと名乗っていた。流石に浦田藤堂か、もしくは藤堂浦田なんて名前じゃないだろうし。
 首を横に振れば、そうだよなあ、と谷屋先輩は溜息を吐いた。
 ……そういえば、あの浦田という人物はどうしてあそこにいたのだろう? 東区は総出で…って言っていたし。それならば、国分寺先輩と同じくらいの立場なのだろうか。……まあ、あの人、人の言うこと聞きそうにないしなあ。
 ……訊いてみようかな。幸い、先程嘘を吐いてしまった八橋先生は遠くで不良(下っ端)とじゃれて(?)いるし。それに、谷屋先輩は寮長だから知っているだろう。訊いて、危ない人物だったら近寄らないようにしないといけない。

「あの、谷屋先輩」
「ん? どうした」
「いや、実はさっき…その、藤堂っていう人じゃないんですけど、会った人がいて」
「え、大丈夫だったか?」
「あ、はい。大丈夫です、有り難うございます」「ああ。ええと、それで?」
「浦田っていう人なんですけど――」
「浦田?」

 その名前を出した途端、谷屋先輩の眉間に皺が寄る。何かを考えるように黙り込んで、不安になった。え、そ、そんなにヤバい人物なの!? 俺DVDとか貰っちゃったんだけど!

「……あの」
「え、あ、ああ、悪い。なあ、田中、そいつは確かに浦田って言ったんだな?」
「は、はい――」
「そうか……。田中、そいつには近づいたら駄目だ。安心して暮らしたいなら、な」
「えっ、! あ、は、はい」

 う、嘘だろ。名前とか教えちゃったし、何となく仲間意識的なもの持たれた気がするんですが! え、これ手遅れじゃないよな!?
 予想以上の反応に青くなり、有無を言わさぬ谷屋先輩の言葉に何度も頷く。そうすれば、谷屋先輩は顔を弛めて、俺の頭に手を置いた。そのまま、軽く叩かれる。

「ああ、それで、藤堂がいないから、自己紹介は後日だ。その時はまた連絡を入れる。悪いな、態々出てきてもらったのに」

 いえ、寧ろ今日じゃなくてよかったです。
 そんな思いが顔に出ていたのか、谷屋先輩はくすりと笑う。は、恥ずかしい…。

「じゃあ、俺帰っていいんですか?」
「ああ。今日は有り難うな、手伝ってくれて」
「そんな。役に立たなくてすみません」
「そんなことはない。田中を呼んでくるから少し待っててくれ」

 そう言うと、谷屋先輩は小走りで去って行った。そこで改めて周りを見渡す。何処も彼処も不良だらけだ。さっきまで呻き声や指示する声が多かったが、今では談笑している姿が見受けられる。全然知らない人であるとはいえ、安心した。

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