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「貸して、俺も持って行ってあげるよ。田中くんが一人で来たということは…、山梨がまた暴れたんでしょ?」
「やまなし…」

 俺は先程にも聞いた名前に目を目瞬かせる。俺の中では凄い悪人になっている。絶対関わりたくないな。

「あ、知ってる?」
「えと、少しだけ…」
「山梨っていうのはあれだ。強い奴だ、取り敢えず」

 …雑な説明有り難うございます、全く分かりません。ていうか、強いと言われても東区の人(大きく言えば中央区以外の人)は大抵強いだろう。だから何の参考にもならない。……ん? 何で一人でここに来ただけで、何が起こったか分かるんだろうか。一人で来るイコール人手が足りないイコール山梨が暴れた、ってことなのか?
 っは! 俺、こんなところでのんびり話してる場合じゃないだろ!
 俺は腕の中の物をぎゅ、と抱きしめて八橋先生を見る。

「ん? あ、行こうか」

 俺の視線に気づいた八橋先生がにっこりと笑って歩き出す。俺も後に続いた。
 ……しかし着いて来てくれるというのは、色々な意味で有り難いな。一人であそこへ入る勇気がないのと、荷物が多過ぎて落としそうだし時間がかかるからだ。何かあったら俺の責任になる。そうなったときのことを想像するのはかなり恐ろしいからなぁ…。

「あっ、そうそう、言っておかないといけないことがあるんだ」

 保健室を出る一歩手前で急に八橋先生が立ち止まった。俺も慌てて止まる。保健室のドアを閉めると明るく、さも愉しいように言った。「キミは、――谷屋の邪魔になる存在だよ」

「谷屋、先輩の…?」
「だから、誰にも隙を見せちゃ駄目だよ」

 ほら、とドアをに視線を移す。それにつられて俺も見るとそこには――特に何の変哲もないドアがひとつ。……って、え?

「こんな風に、ね」

 耳元で声がして、俺はびくりと肩を震わせる。いつの間にか八橋先生が隣に居た。今まで少し前に居た筈なのに、移動する気配なんてなかった。

「先生、あの、…」
「なーんちゃって!」

 は?
 呆然として目を瞬くと、八橋先生はフワフワな頭を掻いて朗らかに笑った。

「えへへ、川田君があまりにも可愛いからつい揶揄っちゃったよ」
「揶揄ったって―…、てか、川田くん? ……誰ですか」

 嫌な予感がするんですが。まさか俺じゃ…ないよな? 顔を引き攣らせると、俺の顔に気づかない八橋先輩は満面の笑みで親指を立てた。

「可哀相な田中くん、略して川田くん! どうよ!」
「どうよ! じゃないですよ!」

 何だそれ失礼すぎるんだが!

「まあまあ、気を取り直してレッツゴー!」

 依然としたままにこに笑っている八橋先生に呆れの視線を投げかけると、再び足を踏み出した――…。

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