11

「ここだよ」

 お茶会のあと、チェシャに木まで連れて行ってもらった。最初チェシャと出会った木だ。チェシャはくるりと私の方に体を向けると、肩を竦めた。

「ねえ、やめない?」
「やめないって……」
「アリスは帰れないよ」

 帰りたい気持ちが薄れたとは言え―――そこまではっきり言われるとむっとする。

「試してみないと分からない」
「やめた方がいいと思うけどなあ」

 チェシャは首を傾げて私を見た。私はむすりとしたままチェシャの言葉を無視して隣を通りすぎる。

「アリス」

 チェシャはここにきて、初めて困ったような顔を浮かべた。その表情が珍しくて、私は目を丸くした。

「うーん、僕、アリスには怪我してほしくないんだよね」
「……怪我?」
「ちょっと待って」

 チェシャは私の腕を掴んだまま何かを拾い上げる。その手の中には大きめの石があった。それを何度か手の平で遊ぶように転がすと、それを木の向こう――私が行こうとした方へ投げ飛ばした。普通に落ちると思われたその石は、何もないところでがつんと音を立て、地面に落ちた。まるで壁に当たったかのようだ。だけど、壁なんてものはない。広々とした空間が広がっている。
 私は視線を落とした。大きめの石からは何故か煙が出ている。ぞっとして一歩後ずさった。

「な、なに、これ」
「結界みたいなものが貼ってあってね。出ようとしたらこうなっちゃうんだよ」

 チェシャは言葉を付け足した。「ここの住人はね」
 私の足は力を無くし、へなへなと地面に座り込む。チェシャの顔はもうあの困ったようなものではなくて、楽しそうに笑っていた。


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