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 私が何してるんだと気がついたのはしっかりとお菓子を食べて美味しい紅茶を飲んだ後だった。ハートのトランプも女王様もヤマネも、そしてチェシャと話すのは予想外にも楽しかった。だからなのか、最初よりも早く元の世界に戻りたいとは思わなくなっていた。夢という可能性ももうかなり低い。いくらなんでも起きないのはおかしいし、食べたり触ったりして、これが夢には思えない。
 元の世界が凄く好きだったわけじゃない。戻りたいとは思うけど。でも、戻らなくてもいいかもしれないとも思う。――もし、もしあの木の向こう側まで行って戻ることができなければもういいんじゃないかな、そんなことまで思うようになった。
 ただ、気になることが二つ、いや、三つある。

「ほら、チェシャ。これも食べてみては」
「な、いや、こっちの方が旨いと思うで、こっちにしいや」
「どっちも美味しそうだなあ。ヤマネは?」
「俺的にはこれ」

 女王様はジャムクッキーを、ハートのトランプはチュロスを、ヤマネはマドレーヌをチェシャに勧める。皆の視線はずっとチェシャに向かっていて、それには少しの熱を感じる。まさかと思う。皆、チェシャのことをそういう意味で好いているのではないかと。帽子屋もなんだか意味深だった。これは私の勘違いであればいいけど…。
 いや、でも男の人が男の人を好きになるのは別に珍しいことではないし、もしかしたらこの世界では普通のことかもしれない。だって猫耳が生えた人や男の女王様がいる世界なのだ。同性愛なんてちっぽけな問題だ。


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