3

「勿論だよ。じゃ、そういうことで。また今度」
「ああ、またな!」

 そう言ってチェシャはするりとハートのトランプの横を通り抜ける。引っ張られているので、必然的に私も横を通り抜けた。また何か言われるんじゃ、と心配になったけど、ハートのトランプはチェシャしか視界に入っていないのか、にこにことしていた。そんなにお茶が楽しみなのかな……。
 お城の中に入ると、中も広々として、凄く豪華だった。私はきょろきょろと周りを見回す。こんなに凄い建物、初めて。チェシャがちらりと私を見る。

「そんなに珍しい?」
「あ、当たり前だよ。だってお城なんて、私の住むところにはまったくないもの」
「へえ、そうなんだ」

 私は自分の家を思い出す。お姉ちゃんと二人で住む家は小さいけど心地が良い。よく家の近くの木の下でお姉ちゃんと本を読んだり遊んだりしている。自然に囲まれてて、何もないけど空気はとても綺麗で美味しい。

「だから女王様とお会いしたこととかもなくて…」
「女王と会ったことがないの? アリスがどんなところに住んでるのか気になってきたよ」

 チェシャは興味深そうに私を見る。私は苦笑した。

「ほんとに何もないところなの。……それより、私、何か粗相をしないかしら」
「大丈夫だよ、女王は優しいから。きっと女王もアリスのことを気に入る」

 なんなんだろう、その自信は。とはいえちょっと心が落ち着く。……まあ、これは私の夢、なんだし、きっと大丈夫だよね。
 大きな扉が近づくにつれ、心臓が煩く鳴る。そんな私に気づいているのかいないのか、チェシャは私のことなんてまったく気遣うことなくまっすぐと扉に向かっている。今顔は見えないけれど、私が緊張しているのを見て面白がっているような気がする。
 ついに扉の前までやってきた。チェシャはぴたりと足を止める。ほっと息を吐いて、深呼吸をしようとした時――。チェシャががちゃりと扉を開ける。

「やあ、女王」

 ちょ、ちょっと待って! 私は口をあんぐりと開けたまま固まる。部屋の奥――真っ赤なドレスを着た人物が椅子から立ち上がった。あの方が、女王様――。

「ああ、チェシャ」

 ――……女王様、意外にお声が低い…というか、あれ、おかしいな、体もがっしりしているような……。奥は暗くて、良く見えない。

「今日は紹介したい子がいてね」
「そちらの彼女ですね。人間界から来た少女」

 女王様が私の方を見る。ゆっくりとこちらに歩いて姿を現した。そして私はぎょっとする。女王様は真っ赤なドレスを着ているものの、背が高く、体格も良く、顔だってどう見ても姿は男だ。



[ prev / next ]

しおりを挟む
[back]