ワンダーランドに迷い込んだ女の子の話

アリス視点/チェシャ受け/少しNL表現あり



 ウサギを追って紛れ込んだ世界。頭上から声をかけられ、私は上を見上げた。そして、木の上にいた男にぎょっとする。正しくは、本来人間には生えていない耳と尻尾がついていて、それはゆらゆらと動いていた。それが偽物ではないということがすぐに分かる。
 男はにいっと、それはもう本物の猫のように笑う。

「あ、あの。私、ウサギを追っていて……。時計を持っているの」

 私は堪らず訊いた。「あの、その耳と尻尾は一体」
 すると、猫男は困ったように笑って首を傾げた。私は今更ながらに、猫男の顔が整っていることに気づき、どきりとした。

「おかしなことを言うね。キミが追っているそのウサギ――白ウサギだって、僕と同じようなやつだったでしょ?」

 言われてそういえばと思う。確かに私が追っていたウサギは今木の上で笑っている猫男と同じように人間に耳と尻尾が生えているような生き物だった。…そうか。これは、夢だ。私は幾分か気が楽になった。

「あなたの言う通りね。ええと、あなたの名前は?」
「僕の名前?」

 猫男は一瞬きょとんとして、小さく首を傾げた。たったそれだけの動作なのに何故か目を奪われる。

「僕の名前を聞きたいんだ。へえ、どうしようかな」

 うーんと視線を上に遣って何かを考えている。もう一度勇気を出して名前を訊いてみようかと思ったとき。急に木の上から猫が消えた。

「え」
「あは、こっちだよ」
「え……わっ!?」

 近くから声がしたと思ったら、目の前にさきほどの猫男がいた。驚いて身を引くと、猫男は楽しそうに目を細めた。

「きみ、いいね。気に入ったよ。僕はチェシャ猫っていうんだ」
「わ、私はアリスっていうの。よろしくね、チェシャ猫さん」

 握手を求められ、私はどきどきしながら手を握り返す。私が追いかけていたウサギは白ウサギ、この猫男はチェシャ猫。覚えやすい名前だ。私の夢だから、私のネーミングセンスが安易ということかもしれないけど。

「チェシャって呼んでよ。僕のことは皆そう呼ぶんだ」
「そ、そうなんだ。皆ってことは、ほかにもいるの?」
「うん。紹介してあげる。アリスは特別だよ?」

 ぎゅっと手を握ったままチェシャが笑って、私は顔が赤くなるのを感じた。

「照れてる? 可愛いなあ、アリスってば」

 にやにやと笑うチェシャに否定しようとしたけど、私の手を引っ張り、危うく舌を噛みそうになって、仕方なく黙る。私はまんまとチェシャのペースに乗せられていた。

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