瞳のクッキー

「本当ですよ…あの、顔近いです」
「…近づけてんだよ」

 にやりと笑った優治先輩の顔に思わず見惚れてしまう。俺は距離を取りながら言った。「本当に何もないんです。ただちょっとぼーっとしてて」

「ぼーっと、ねえ?」

 じいっと訝しげに見てくる先輩に笑顔で誤魔化すと、漸く諦めてくれたようだ。肩を竦めて、そうかと呟いた。

「まあ、なんかあれば俺様に連絡しろよ」
「あ…はい。あれ、でも忙しいんですよね? 迷惑じゃないですか?」
「忙しくても、話すくらいはできるだろ」

 優治先輩はふっと笑うと、俺の頭をくしゃくしゃと掻き混ぜた。

「ありがとうございます」
「おう」

 それからは世間話をして昼休みを過ごし、暫くして俺たちは別れた。















「ヒロくん」

 教室へ向かっている途中、後ろから聞こえた声にぎくりとした。苦笑しながら振り返ると、何を考えているのかよくわからない顔のままこっちに近づいてくる。

「ヒロくん」
「な、なんだ?」

 俺の目の前までやってきた瞳にびくびくしながら答えると、瞳はにこりと笑った。

「へ…」

 な、なんだ?
 更に何を考えてるのか分からなくなって、俺は頭にはてなを浮かべながら瞳を見下ろす。

「ヒロくん、あのね、もうお昼食べたよね?」
「え? あ、ああ」
「私、クッキー作ってきたの。さっき渡すの忘れてたから、教室で一緒に食べよ」

 クッキー? 俺は目を丸くした。瞳が料理…しかも、お菓子作りなんてしてきたの初めてじゃないか?

「へえ…楽しみだな」
「ほんと!? 早く教室行こ」

 俺の腕を引っ張る瞳の嬉しそうな顔を見て、ほっとする。良かった、ちゃんと話せてるし、瞳も普通だ。俺は瞳に引っ張られながら教室に入った。

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