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喧しく喚いている京に、遂に堪忍袋の緒が切れたらしい優治先輩。鬼のような顔をして腕を振り上げ――たところで、先輩がこっちを向く。俺に気づいていたのか、それとも今気づいたのか、それはどうでもいいことだが、優治先輩は腕を下ろすと、瞳の腕を掴んだ……って、え?
予想外の光景に目を見開く。瞳は手を外そうともがいているが、優治先輩に何かを耳打ちされた途端、大人しくなった。
「おい! どこ行くんだよ!」
京はそう言って優治先輩を見て、顔を引き攣らせた。とはいっても、遠い上に顔の半分が隠れている所為で、あまり見えないんだけど。優治先輩の口が動く。読唇術でもあれば、なんて言ったか分かるんだが、生憎そんなものはない。しかし、打って変わってしおらしくなった京の様子から考えるに、京を黙らせるようなことを言ったんだろう。
「お、俺はみとめないから!」
そう言って走り去っていく京。野次馬が興味を失ったように視線を外し、それぞれ動き始める。俺たちは黙ってそれを見ていた。
次いで優治先輩を見ると、こっちに向かって…え、こっちに向かってきてる!?
「うわ、なんかこっち来るんだけど」
…愛。そんなに嫌そうな顔するなよ…。
「ひろ…」
優治先輩が口を開いた瞬間。ブン、という音が聞こえたと思ったら、何かが飛び込んできた。……や、何かって、勿論瞳なんだけど。
「ヒロくん!」
「瞳…大丈夫だったか?」
「おい…テメェ…」
優治先輩の口元がヒクついている。ああ、すみません、先輩…。
「ヒロくん」
ぎゅうっと抱きしめてくる。俺は苦笑を漏らしながら、瞳の頭を撫でた。さらさらとした綺麗な黒髪が手に合わせて動く。
「瞳、あんたくっつきすぎ」
はあ、と溜息を吐く愛。
「おい、助けてやったのに礼はなしかよ」
不機嫌そうな優治先輩。それに対して瞳はべえっと舌を出すだけだった。
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