▼ 不機嫌な理由
「優治お兄様…」
あ、真由ちゃんの声のトーンが変わった。電話で声が変わる母親が脳裏に浮かぶ。
「…まだいたのかよ」
優治先輩の低い声を聞いて、真由ちゃんの肩がびくりと跳ねる。は、と気がついて優治先輩を見ると、眉間の皺が凄いことになっていた。…何があったんだろう。
「おい、真由。帰れ」
「えっ…」
ギロリと睨まれて真由ちゃんが泣きそうな顔になる。どうしよう、と真由ちゃんたちを交互に見る。優治先輩は不機嫌な顔で、もう一度帰れと言った。
「…は、はい」
俺への強気の態度はどこへやったのか、か細い声で言うと、部屋を慌てて出て行った。去り際に俺を睨むのを忘れずに。
「……はあ…」
優治先輩は閉まったドアを一瞥し、深い溜息を吐きながらこっちに歩いてくる。そのままの顔で来られると怖いんだけど!
そんな思いは届かず、先程座っていた場所――つまり俺の隣に腰掛けた優治先輩は、何も言わず俺の肩に頭を預けた。
「えっと…どう、したんですか」
訊いてから、訊いて大丈夫だっただろうかと不安になる。
「…見合いの写真見せられたんだよ」
「えっ!? 見合い!?」
「っ、声、でけーよ」
「あ、す…すみません」
――見合い。先輩と誰かが?
先程の真由ちゃんの表情が浮かぶ。もしかして、真由ちゃんはこのことを知っていたんだろうか…?
ズキリと胸が痛む。嫌だ、と思った。俺が嫌だと思ってもどうしようもないのに。
「見合い、するんですか…?」
「しねーと煩ぇんだよ」
はあ、と優治先輩の口から再び溜息が漏れる。うんざりという顔に、少し安心した。
[ prev / next ]
しおりを挟む
37/59
[back]