不機嫌な理由


「優治お兄様…」

 あ、真由ちゃんの声のトーンが変わった。電話で声が変わる母親が脳裏に浮かぶ。

「…まだいたのかよ」

 優治先輩の低い声を聞いて、真由ちゃんの肩がびくりと跳ねる。は、と気がついて優治先輩を見ると、眉間の皺が凄いことになっていた。…何があったんだろう。

「おい、真由。帰れ」
「えっ…」

 ギロリと睨まれて真由ちゃんが泣きそうな顔になる。どうしよう、と真由ちゃんたちを交互に見る。優治先輩は不機嫌な顔で、もう一度帰れと言った。

「…は、はい」

 俺への強気の態度はどこへやったのか、か細い声で言うと、部屋を慌てて出て行った。去り際に俺を睨むのを忘れずに。

「……はあ…」

 優治先輩は閉まったドアを一瞥し、深い溜息を吐きながらこっちに歩いてくる。そのままの顔で来られると怖いんだけど!
 そんな思いは届かず、先程座っていた場所――つまり俺の隣に腰掛けた優治先輩は、何も言わず俺の肩に頭を預けた。

「えっと…どう、したんですか」

 訊いてから、訊いて大丈夫だっただろうかと不安になる。

「…見合いの写真見せられたんだよ」
「えっ!? 見合い!?」
「っ、声、でけーよ」
「あ、す…すみません」

 ――見合い。先輩と誰かが?
 先程の真由ちゃんの表情が浮かぶ。もしかして、真由ちゃんはこのことを知っていたんだろうか…?
 ズキリと胸が痛む。嫌だ、と思った。俺が嫌だと思ってもどうしようもないのに。

「見合い、するんですか…?」
「しねーと煩ぇんだよ」

 はあ、と優治先輩の口から再び溜息が漏れる。うんざりという顔に、少し安心した。

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