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 恐る恐ると手を退ける桜田さんは、囁くように言葉を零した。

「……やっぱり反対すっか?」
「え? いや別に…。俺は兄ちゃんが幸せならいいです」
「え」

 拍子抜けした、というような顔をして俺をまじまじと見る。こんな男前に見つめられると俺でもドキドキしてしまう。やっぱり人間って美しいもの好きだしさ。

「だから、もし兄ちゃんを悲しませたり傷つけたら許しませんからね?」

 にっと口角を上げてそう言うと、桜田さんは一瞬目を見開いた後、ああ、と頷いた。

「…さんきゅ」

 ふ、と笑う桜田さんに俺も釣られて笑みを漏らした。

「いやー、でも桜田さんみたいな男前を捕まえるなんて、兄ちゃんやるなぁ」
「だろ?」

 ニヤ、と笑う桜田さん。あ、そこで同意しちゃうのね。思わず苦笑してしまう。まあ、見るからに自信家っぽいというか、自分大好きそうだもんな。いや、それは全くの偏見なんだけど。
 とりあえず、桜田さんの気持ちも確認できたし、話はもう終わりにしよう。あんまり兄ちゃん待たせると怒られそうだし、何よりデート(兄ちゃんにその認識があるのか分からないけど)の時間がこれ以上削られたら桜田さんに申し訳ないからなあ。

「じゃあ、そろそろ戻るか」

 俺が口を開く前に、桜田さんが言う。「そうですね。俺も今言おうとしたところです」俺は頷いた。
 ――あ、そういえば。あることを思い出し、俺は桜田さんに笑顔を向けた。

「桜田さんって、一人称俺様なんですね」

 しまった。桜田さんはそんな顔をして気まずそうに顔を逸らした。












「やっと戻ってきたのね!」

 母さんが待ってましたと言わんばかりの笑顔で俺たちを迎える。対して兄ちゃんはげんなりと母さんを見て溜息を吐いた。散々話に付き合わされたんだろう…ごめん、兄ちゃん。

「母さん、そろそろ兄ちゃんたち二人にしてやろうよ」

 微妙な顔をしている桜田さんを席に促している母さんに呆れながらそう言うと、物凄く不満そうな顔をされた。

「…すみません」

 桜田さんは眉を下げて母さんに小さく頭を下げた。そこまでされて母さんは無理にさそうこともできなかったみたいだ。

「こちらこそ、長く引き止めちゃってごめんなさいね。是非また来てちょうだい」
「有難うございます。じゃあ、大樹、行くぞ」
「あ、はい」

 兄ちゃんは俺を見て、一度頷く。きっと、大丈夫だと言いたいんだろう。俺も笑顔でうんうんと頷いた。兄ちゃんと桜田さん、そして母さんが玄関へと向かっていくのを見ながら俺はソファに座った。

「では、お邪魔しました」
「行って来ます」
「あんまり迷惑かけないでね? あと遅くなるようだったら連絡すること!」

 玄関からの話し声を聞きながら、桜田さん、ファイト、と密かに応援した。

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