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(side:郁人)
俺は兄ちゃんがトイレに行った隙に桜田さんを呼ぶ。隣で母さんが不満そうにこっちを見たけど気づかないフリをした。兄ちゃんが席を立った後じっと兄ちゃんの席を見ていた桜田さんは俺の声にこっちを向いた。鋭い視線に一瞬怯えそうになる。あんだけ兄ちゃんには甘い顔していて…俺にはこれか。いや、別にいいんだけど、兄ちゃんも最初はこうやって睨まれていたのだろうか。こりゃ怖いわ。……とは言っても、今は敵意は感じないし、元々こんな顔なんだろうと思う。
「……何だ?」
「ちょっと話があるんですけど、いいですか?」
「俺さm……俺に?」
「はい、そんなに時間はかかりません」
あんまり時間かかると兄ちゃん戻ってくるしな。というか、もう戻ってくるんじゃないか? 兄ちゃんは絶対俺が桜田さんを連れて行こうとするのを止めさせようとするだろうから、早くしないと。
桜田さんは少し黙ると、頷いた。顔が僅かに強ばったきがする。俺がどんな話をするのか分かったのかもしれない。ただ緊張しているだけかもしれないけど、見た感じそんな人には思えない。
「すみません、じゃあ来てください」
早口にそう告げて立ち上がる。桜田さんも同様に立ち上がった。
「ええ? ここで話せばいいじゃないの」
母さんが訝しげに俺を見る。ここで話せないから移動するんだろ。
「ちょっとね」
「え〜」
不貞腐れたように言った後、しっしと追い払うように俺に向かって手を振った。相変わらず母さんは子供っぽい。
俺は桜田さんを一瞥し、リビングを出た。
「それで、話ってのは?」
「……俺は兄ちゃんがあの日に何があったのか、詳しくは知りません」
「あ、の日ってのは…」
桜田さんの顔が一瞬で強ばる。俺は一度唾を飲み込んで、桜田さんをじっと見上げる。
「兄ちゃんが帰ってきた時…酷い状態でした。それに、あの日の朝俺はパシリだって」
桜田さんは黙ってこっちを見ている。苦虫を潰したような顔をしていた。
「兄ちゃんは優しいから…もう怒ってないと思います。でも、だからこそ俺があった時は一言言ってやろうと、いや、殴ってやろうとさえ思ってました」
「……いいぜ、殴れよ。俺さ…俺は確かに最低だった」
ふっと自虐的な笑みを浮かべた桜田さんに、俺は苦笑を返した。
「――いえ、いいんです。だって、桜田さん、兄ちゃんのこと好きでしょ?」
「あぁ…っあぁ!?」
桜田さんは目を見開いた。見る見る内に顔が赤くなる。
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