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 わなわなと京の唇が震えた。

「なんだよゆーじ! おれよりそんなやつの方がいいっていうのかよ!」

 そんな奴って。先程の友達というセリフはもうなかったことにされている。別にそれは俺にとってどうでもいいどころか撤回されて嬉しいし、何も言わないでおこう。というか、この状況まるで修羅場だ。まあ全員男だけど…。でも、もしかして、京は優治先輩のこと――。

「そうだ」

 優治先輩が頷く。俺はその愛おしいような者を見る表情に、胸が脈打つのを感じた。俺はそれに気づかないふりをして、そっと視線を外す。そして、運悪く京と視線が合った。眼鏡や髪で隠されていても分かる、鋭い視線。俺も負けじと睨み返した。
 すると突然京の口角が上がる。にやりと笑う不気味な姿に眉を顰めた。

「おれ、おまえよりゆーじのこと知ってるし!」

 言い出したことに面食らう。いきなりなんだ? まるで子供だ、と更に眉間に皺が寄る。
 ……でも、確かにその通りだ。俺は優治先輩のことを全然知らない。家族構成とか、誕生日とか、好きな物とか――。知る必要なんてないと思っていたから。京は知っているんだろうな。当たり前だ、俺よりずっと長い時間一緒に過ごして、俺よりずっと優しくされて…。
 そう考えていると、何故か無性にムカムカとした。言い知れぬ苛立ちを誤魔化すように口を開いた。

「京――」
「そりゃ知らないよ。お前より後に知り合ったんだから」

 何か言おうとした優治先輩の声に俺の声が重なる。驚いたようにこっちを見た優治先輩。

「でも、だから何だよ。これからもっと知っていくつもり、だし――って…ん?」

 お、俺は一体何を言っているんだ? まるで京に対して対抗心を燃やしているような台詞に困惑する。チラリと優治先輩の様子を窺うと、口元を押さえていた。そして、なんと顔が真っ赤になっていた。俺も釣られてじわじわと顔が赤くなる。

「いみわかんねーし! ばーかばーか!」

 俺たち二人の赤くなった顔に口を曲げると、小学生のようなことを叫びながら走り去っていった。
 辺りに他の生徒はいない。――まさか、と思った時には遅かった。本鈴が無情にも廊下に響き渡る。

「…あー、その、悪かったないろいろと」

 京に関わることになったのは自分の所為だと思っているんだろう。俺は小さく、いいえと答えた。

「あと…あ、ありがとう、な」

 何に対して礼を述べたのか分からなかったが、じんわりと心が温かくなった。

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