望まぬ遭遇

 用を足してトイレから教室に戻ろうと角を曲がった時、誰かにぶつかった。

「いってー!」
「す、すみません」

 そんなに痛かったのだろうか。大袈裟に叫んだ相手に慌てて謝罪をして顔を上げると、見覚えのある姿が目に入った。思わず顔を顰めてしまったが、それも仕方ないと思う。――面倒臭い相手と関わってしまったと溜息を吐きたくなる。

「おい、あやまれよ!」

 いや、謝っただろ。耳大丈夫か、こいつ? 怪しんだ目で見ていると、それが気に食わなかったのか、再び怒声が俺に突き刺さる。
 目の前の男、京は唾を飛ばす勢いで叫んでいるのだが、そんなに大声ださなくとも、聞こえている。周りの人が眉を顰めて見ているのに気づいていないのか? 本当に耳が悪くてこんな声を出しているなら仕方ないけど、先日優治先輩がこいつに怒った時はそんなに大きな声ではなかった。……良く分かんねえな。

「すみませんでした」

 面倒になって適当に言ったのだが、気をよくしたように、おうと返事をする。案外慣れたら扱いやすいのかもしれない。……慣れるまで結構な時間を要しそうだけど。
 ていうかやっぱり聞こえてんじゃん、普通の声量で。

「じゃあ俺はこれで…」

 さっさとこの場を去ろうとしたが、すんなりと解放してくれなかった。俺は忘れていたのだ、こいつが粘着野郎だということを。

「おまえ、なまえは!?」

 ……空気読めよ。いや、っていうか何で名前?

「何で?」
「だってともだちだろ!」

 俺は耳鼻科に行った方がいいのかもしれない。友達だろなんて有り得ない言葉が聞こえてしまった。
 聞こえないふりをしていたら、もう一度京がともだちじゃんと笑う(口の形を見るに、恐らく笑っている)。
 ……え? 何? 友達? いつからそんな言葉を使える関係になったのか一時間くらい問い質したい。

「えーと、いつから友達に…?」
「え? だって話しただろ?」

 え? はこっちの台詞だ。話しただろって何だよ一体! 誰かこいつの言葉を翻訳してくれ!
 そこでハッと気づく。優治先輩はこいつのことを好きじゃないから迷惑かもしれないけど、こいつのことを理解している人間は優治先輩しか知らない。俺は素早く優治先輩にヘルプメールを送った。
 その間人との会話中に携帯を扱うなんて最低だとかなんとかほざいている奴がいたけど当然無視した。

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