謎の手紙




 『拝啓、薔薇の君。桜の靡く日、黒く野暮ったい髪を煌かせて歩く君の姿に俺はノックアウト。お前の鼓膜を破く勢いの声も、重そうなダサい眼鏡も目が見えないほどボサボサな長い髪も、食べる時にペチャクチャ音を立てて、しかもぼろぼろと食べ物を零す姿も、お前のことを知れば知るほど胸が高鳴る。嗚呼、薔薇の君、お前は一体どれだけの魅了を振りまいて――(長いので以下略)』

 一瞬の間。そしてドン引く俺の心。
 ――何だこれは。何だか見てはいけないものを見た気がする。え、何? 本当に何なのこれ? っていうか、これ褒めてんのか貶してんのかどっちなんだよ。
 混乱するのも仕方ないだろう。誰だってこんな難解の文章が書かれた紙が自分の机の中に入ってたら動揺どころのものじゃないと思う。 しかも明らかに俺宛てのものじゃない。俺野暮ったい髪じゃないし、眼鏡もかけてないし、鼓膜を破るような大声でもないし食べる時そんなにマナー悪くない。激しく問い質したいんだが、このポエムみたいなの書いた奴はそいつのどこを好きになったんだ。
 もう一つ俺宛てじゃないと確信できる点がある。一人称が俺ってことは、殆どの確立で差出人は男だろう。つまり、この手紙の相手は女子だ。それにしても、こんな常識のない女子とかいるのか? 
 このポエムみたいな文章には最後に『放課後、家庭科室にて待つ』と書かれていた。何故家庭科室なんだよと思ったが、取り敢えず俺はそこに行ってこれを返さないといけないらしい。溜息を吐いて俺はそれを鞄に仕舞い込んだ。










 時間とは来ないでくれと思っている時ほど無情にも早く進んでしまうものだ。桜の舞う校庭を窓越しに一瞥して鞄に教科書を詰め込んだ。
 SHLが終わった教室はこれから入る三日間の連休について盛り上がっている。そんな中俺は憂鬱な気分だった。前の席の高野が鞄を肩に掛けて振り返った。

「んじゃ、お疲れ。また火曜日な」
「おー…」

 俺はへらりと笑みを浮かべて手を振る。手を振り振り返して去って行く背中を睨んだ。俺もこんなのシカトして帰ってしまいたい…。文章の書かれた紙を見つめて苦渋の表情を作った。
 ……でもそれはできないよなぁ。こんな熱烈な文を書くくらいだからその女子のことを相当好きなんだろうと思う。それをシカトされたら俺だったら立ち直れない。それに罪悪感が半端ない。人間違いだとか何とか告げてこれを渡すだけだからそんなに時間はかからないよな。さっさと渡して帰ってしまおう。っていうか本音を言うとノックアウトとか薔薇の君とか書く人とは関わり合いたくないというか。
 席を立って溜息を吐くと、いつもより重たく感じる鞄を持って別棟へと歩き出した。

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